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ふりつもる線

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2008年 08月 29日

儚さ

美大に入学してはじめて描いた絵は、枯れた芍薬、首を垂れた蓮の実、枯れた向日葵の後ろ姿だった。
芍薬は確か一番はじめの課題で、蕾の切り花がそれぞれの机に配られた。
蕾から花ひらくまでの間の様々な表情をとらえようと皆必死で写生していた。
私も一枚、二枚スケッチしてはみたが後はじっと花を見ていた。
数日が経ち、花びらがくしゃくしゃになり、机の上にはらりと舞った。
そこから写生をはじめた。
「おまえは阿呆か。なんで生きてて一番きれいな時を描かへんねん。きったない。」
横に来て言ったある先生の言葉に反抗したことを、今は懐かしく思い出す。
あの頃はなぜ自分がそういったものばかりに興味をもつのか、よくわからなかった。
ただ、死を纏った儚さとは私にとって弱さではなくむしろ苛烈に見える時があった。
自分が惹かれるものとはどういうものなのか、それは何がそうさせるのか、
自分の背景含めて問いつづける中で、祖父の死がいつも脳裏を掠めた。
悔いや無念が大きかった分、当時の自分の状況が悪かった分、死というものが
重く巨大化し、とりとめのないものとして居座っていた。
私は傷を剥がしてでもそれと闘わねばならなかったし、人生の儚さを飲んではじめて
自分と祖父の関係もかわるんじゃないかと漠然と思っていた。
じいじいを描くうちに、じいじいも私の中に入り込んだ。
その間にはいろいろな死もあった。多分に感傷的な時もあった。
それでも正視しつづける必要があったし、その中で着実に変わってくるものはあった。
じいじいが亡くなり、描けない自分を罵っていたある日、
「愛はこれ読んだらええよ。合うと思うわ。」と旦那が手渡してくれたのが司馬遼太郎の本だった。
今まで自分がしてきたこと、個展前後から急に熱を帯びたこの半年のこと、
その中で捨てたものと残ったもの、読みながら自分を知り、像をつくる過程で、
探していたものに対して熱湯がどくどく注ぎ込まれるような何かがあった。
ずいぶん遠回りもしたな。
晋作が死んだのは27年と8か月。
奇しくも今の自分とほぼ同い年だった。
閑吟集にこういうのがある。
何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ
夢幻や 南無三宝
どちらも晋作の笑顔の残像が見えるような小歌だ。 

by ai-pittura | 2008-08-29 16:49 |


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