
大野一雄さんの『稽古の言葉』と『魂の糧』を読んだ。
途中YouTubeなどの小さい映像だけど、
でてくる舞台をその都度照らし合わせながら読んだ。
朝ご飯も昼ご飯も食べ忘れ、気づいたら日が沈んでいた。
はじめ大きな波にザブンとさらわれて、
気がついたら渦の中にのまれ、息ができず何もかもバラバラになり、
遠のく意識の中、さいごにゆっくり目をあけてみると、
ふっと呼吸が楽になり、からだは自然と底の方にすべりおりている。
そこは海の中の草原、誰もいなくてしずかで無重力、
白木蓮の花が降っている、そのなかを歩いた。
そんな経験だった。
踊るようにことばを紡ぐ大野さん、
というか大野さんの前に舞踏があって、
そのつぎに大野さんがいて
その後につづくのが生きるうえでのこと。
イヴリー・ギトリス、久高島、大野一雄。
何の接点もないこの3つから私は
ほとんどおそろしいくらいに同じことを感じつづけている。
『大野さんを読んだ直後に描いたドローイング』