|
2007年 09月 24日
最近、実家から賢治の本を全部送ってもらって、もう一度読み返していた。 ことばで絵が描けたり、楽器を鳴らしたりできる人は稀有だ。 ことばがことばを超える時、もうもとのことばは意味から解き放たれる。 虔十公園林、セロ弾きのゴーシュ、よだかの星、春と修羅、銀河鉄道の夜、 好きなものを数え上げるときりがない。 いくつになっても好きなのはやっぱりやまなしで、 教科書に載っていた小学生の頃、国語の授業中私はそのページばかり読んでいた。 ものがものから自由になり、そのものよりもそのものらしくなる、 それが賢治に教えられること、それもまたデッサン。 やまなし 宮沢賢治 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。 一、五月 二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話てゐました。 『クラムボンはわらつたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』 『クラムボンは跳てわらつたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』 上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。 そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。 『クラムボンはわらつてゐたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』 『それならなぜクラムボンはわらつたの。』 『知らない。』 つぶつぶ泡が流れて行きます。蟹の子供らもぽつぽつぽつとつゞけて五六粒泡を吐きました。 それはゆれながら水銀のやうに光つて斜めに上の方へのぼつて行きました。 つうと銀のいろの腹をひるがへして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。 『クラムボンは死んだよ。』 『クラムボンは殺されたよ。』 『クラムボンは死んでしまつたよ………。』 『殺されたよ。』 『それならなぜ殺された。』兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、 弟の平べつたい頭にのせながら云ひました。 『わからない。』 魚がまたツウと戻つて下流の方へ行きました。 『クラムボンはわらつたよ。』 『わらつた。』 にはかにパツと明るくなり、日光の黄金は夢のやうに水の中に降つて来ました。 波から来る光の網が、底の白い磐の上で美しくゆらゆらのびたりちゞんだりしました。 泡や小さなごみからはまつすぐな影の棒が、斜めに水の中に並んで立ちました。 魚がこんどはそこら中の黄金の光をまるつきりくちやくちやにして おまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又上流の方へのぼりました。 『お魚はなぜあゝ行つたり来たりするの。』 弟の蟹がまぶしさうに眼を動かしながらたづねました。 『何か悪いことをしてるんだよとつてるんだよ。』 『とつてるの。』 『うん。』 そのお魚がまた上流から戻つて来ました。今度はゆつくり落ちついて、 ひれも尾も動かさずたゞ水にだけ流されながらお口を環のやうに円くしてやつて来ました。 その影は黒くしづかに底の光の網の上をすべりました。 『お魚は……。』 その時です。俄に天井に白い泡がたつて、 青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のやうなものが、いきなり飛込んで来ました。 兄さんの蟹ははつきりとその青いもののさきがコンパスのやうに黒く尖つてゐるのも見ました。 と思ふうちに、魚の白い腹がぎらつと光つて一ぺんひるがへり、上の方へのぼつたやうでしたが、 それつきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金の網はゆらゆらゆれ、 泡はつぶつぶ流れました。 二疋はまるで声も出ず居すくまつてしまひました。 お父さんの蟹が出て来ました。 『どうしたい。ぶるぶるふるへてゐるぢやないか。』 『お父さん、いまをかしなものが来たよ。』 『どんなもんだ。』 『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖つてるの。それが来たらお魚が上へのぼつて行つたよ。』 『そいつの眼が赤かつたかい。』 『わからない。』 『ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かはせみと云ふんだ。大丈夫だ、安心しろ。 おれたちはかまはないんだから。』 『お父さん、お魚はどこへ行つたの。』 『魚かい。魚はこはい所へ行つた』 『こはいよ、お父さん。』 『いゝいゝ、大丈夫だ。心配するな。そら、樺の花が流れて来た。ごらん、きれいだらう。』 泡と一緒に、白い樺の花びらが天井をたくさんすべつて来ました。 『こはいよ、お父さん。』弟の蟹も云ひました。 光の網はゆらゆら、のびたりちゞんだり、花びらの影はしづかに砂をすべりました。 二、十二月 蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすつかり変りました。 白い柔かな円石もころがつて来小さな錐の形の水晶の粒や、 金雲母のかけらもながれて来てとまりました。 そのつめたい水の底まで、ラムネの瓶の月光がいつぱいに透とほり 天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしてゐるやう、あたりはしんとして、 たゞいかにも遠くからといふやうに、その波の音がひゞいて来るだけです。 蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡らないで外に出て、 しばらくだまつて泡をはいて天井の方を見てゐました。 『やつぱり僕の泡は大きいね。』 『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だつてわざとならもつと大きく吐けるよ。』 『吐いてごらん。おや、たつたそれきりだらう。いゝかい、兄さんが吐くから見ておいで。 そら、ね、大きいだらう。』 『大きかないや、おんなじだい。』 『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いゝかい、そら。』 『やつぱり僕の方大きいよ。』 『本当かい。ぢや、も一つはくよ。』 『だめだい、そんなにのびあがつては。』 またお父さんの蟹が出て来ました。 『もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』 『お父さん、僕たちの泡どつち大きいの』 『それは兄さんの方だらう』 『さうぢやないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きさうになりました。 そのとき、トブン。 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうつとしづんで又上へのぼつて行きました。 キラキラツと黄金のぶちがひかりました。 『かはせみだ』子供らの蟹は頸をすくめて云ひました。 お父さんの蟹は、遠めがねのやうな両方の眼をあらん限り延ばして、 よくよく見てから云ひました。 『さうぢやない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行つて見よう、あゝいゝ匂ひだな』 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂ひでいつぱいでした。 三疋はぽかぽか流れて行くやまなしのあとを追ひました。 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るやうにして、 山なしの円い影を追ひました。 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔をあげ、 やまなしは横になつて木の枝にひつかかつてとまり、 その上には月光の虹がもかもか集まりました。 『どうだ、やつぱりやまなしだよ、よく熟してゐる、いい匂ひだらう。』 『おいしさうだね、お父さん』 『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る、 それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰つて寝よう、おいで』 親子の蟹は三疋自分等の穴に帰つて行きます。 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、 それは又金剛石の粉をはいてゐるやうでした。
by ai-pittura
| 2007-09-24 22:26
| 本
|
アバウト
カレンダー
カテゴリ
全体 絵 イタリア 京都 仰木の暮らし 土蔵ができるまで 山へ 釣り 旅 久高島 東北 風景 版画 陶彫 画集 展覧会 LIVE Drawing ガソリン 大学院時代 本 映画 店 タカラバコ 人間 六熊 春子おばあちゃん たがねとめめとみん 筆休め お知らせ 未分類 以前の記事
2018年 06月 2018年 03月 2018年 02月 2017年 12月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 04月 2017年 02月 more... フォロー中のブログ
Exhibition A... le journal d... blog フィレンツェ田舎生活便り 加藤わ呼三度笠書簡 雑貨と日々の一期一会 ... かたん工作日記 鎌倉と古道具のツレヅレ-... 太陽ヲ貴方二 ... 通販 一花一葉 地中海と砂漠のあいだ 無 相 創 銀座 月光荘画材店 トスカーナ オリーブの丘... ヒトは猫のペットである 水色の雨 Change by Gr... 毒食わば皿まで イタリアでの徒然なモノ… 私 と 消 え た 日 ... クロアチアの碧い海の夢 フレスコ画研究所 バステ... トスカーナ 「進行中」 ... フィレンツェ田舎生活便り2 RED GLOBE ■工房 YUSA Gallery Shim... 田口ランディ Offic... 心の声に耳を傾け。。 SPEAKEASY 心と写真 r-photo 太田 バンビの SCRA... SOIL LIBRARY Ⅰ O, sancta si... r-note A motif ラグーザに流れるもの 満月アンティーク ふくみみ日記 コッツウォルズ・カントリ... 京都美術学院のアトリエより 浅間山の麓から ぐるぐる通信 そのために ROSASOLIS Animal Skin ... 野に思う。 偽の女庭師 アートのある暮らし al... 京都大原アトリエNORI革日記 榮一のホームページ 坂を降りれば 鳥人の翼 In orde... kozalog World Music ... KUNO Takashi 朴禾の日々 月よむ骨 私、農民になりました! 一汁一菜の器プロジェクト... 十一の海 - キョウト ... 新・自然遊悠学 mohariza12メモ 松の司 蔵元ブログ daily life a... 日々の皿 スカラベの晩餐 Soubou blog ... スカラベ堂通信 Link
ライフログ
最新のトラックバック
検索
タグ
忠田愛個展(11)
ギャラリー枝香庵(11) 稲富淳輔(9) ギャラリー歩歩琳堂(8) 稲富淳輔個展(8) 忠田愛(6) ギャラリー島田(5) 美の予感2015(4) 個展(4) 稲富淳輔展(4) 大阪高島屋(3) 高島屋(3) ギャラリーNEXT(3) プラグマタ(3) 高垣勝康(2) 琵琶湖(2) 陶(2) 美の予感2015(2) galleryサラ(2) ギャラリーゴトウ(2) その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||