

Bolognaの蚤の市で、鉄きれやスプーンや古本とごちゃまぜになってガラス板の写真がつっこまれていた。
傷つけないようにそっとすくいだして、持って帰ってきた。
時々、それを日にかざして遠い時間を旅する。
左の写真は線路と鉄道坑夫たち。
下の方はかなり消えかかっているのだが、
後ろの木々のシルエットははっとするほど美しく、
その輪郭と空の部分のセピア色がなぜか私には星空のもみの木に見え、目が熱くなる。
右の写真は布にくるまれた赤ちゃん。
ストライプのソファの上に置かれ、ちょっと驚いたような表情。
横には鉢植えの植物、後ろは多分大きな窓。
私は写真にあまりくわしくないのだが、これはコロジオン湿版写真が進化したガラス乾板だろうか。
とすると、1900年代前半〜後半の写真ということになる。
(もしどなたかくわしい方がおられましたら教えて下さい。)
映像があふれる今と100年前、写真のありかたはずいぶん変わっただろう。
私もデジカメを手放せない生活をしている一人だが、
記憶というものは本来このような写真のありかたとなんだか似ている気がするのだ。

上の写真は影。
こちらが実物。