人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ふりつもる線

aipittura.exblog.jp
ブログトップ
2007年 05月 01日

イタリアの墓地

イタリアの墓地_b0080173_084954.jpgイタリアの墓地_b0080173_09972.jpgイタリアの墓地_b0080173_093477.jpgイタリアの墓地_b0080173_095053.jpg
イタリアの墓地_b0080173_0111827.jpgイタリアの墓地_b0080173_0113732.jpgイタリアの墓地_b0080173_0115196.jpgイタリアの墓地_b0080173_0121190.jpg
イタリアの墓地_b0080173_0123794.jpgイタリアの墓地_b0080173_0125350.jpgイタリアの墓地_b0080173_01394.jpgイタリアの墓地_b0080173_0133425.jpg
イタリアの墓地_b0080173_014243.jpgイタリアの墓地_b0080173_0142689.jpgイタリアの墓地_b0080173_0144412.jpgイタリアの墓地_b0080173_015698.jpg
イタリアの墓地_b0080173_0153484.jpgイタリアの墓地_b0080173_0155667.jpgイタリアの墓地_b0080173_0162010.jpgイタリアの墓地_b0080173_016478.jpg
イタリアの墓地_b0080173_0170100.jpgイタリアの墓地_b0080173_0174240.jpgイタリアの墓地_b0080173_0182239.jpgイタリアの墓地_b0080173_0171488.jpg
去年のイタリア滞在において最も糧となった体験をまだ書いていなかったが、
帰国して半年以上が経ち、ようやくそれをかみくだき、熱を冷まし、
引き出しの中にそっと納めることができた気がする。
イタリアで私が足を運んだそれぞれの町において、最も時間を費やしたこと、
それはcimitero(墓地)を訪ねることだった。
はじめて訪れたcimiteroは村のちいさなものだったが、腰が砕けるほどの衝撃を受けた。
それは今まで自分の内側でしか知らなかった感覚を、はじめて自分以外の外の世界に感じたからだった。
しかも、遠くのイタリアの思いがけない場所で。
途方もなくうれしくて、いつまでも信じられなかった。
断っておくと、私は結構こわがりだ。
過去に涼しい顔で肝試しに参加したことがあるけど、実はちょっと必死だった。
ホラー映画なんてとんでもないし、
一人で家にいる時殺人事件のニュースが流れているだけでテレビに近づけなくなる。
でも、イタリアのcimiteroにこわさなど微塵も感じなかった。
そんなこととは全然違う、存在のからくり、大きな円環を思った。
それから、私のcimitero参りがはじまったが場所によって様々で本当によかった。
Veneziaのお墓だけの島、ストラヴィンスキーなども眠るSan Michele島、
Bolognaの大きなCertosaは彫刻もすばらしかった。
Firenze、San Miniato al Monte教会の裏の墓地は石づくり、
Luccaの墓地は日本のと近い感じかな、
Cortonaのものは光に満ちた緑の丘の上に浮かぶ一隻の船みたいだった。
Ferraraのはカーブを描くportici(柱廊)からのアプローチが印象的だった。
イタリアでは火葬より土葬の方が圧倒的に多い。
友人のお父さんが昔、墓守をしていたと言っていたので、それについて尋ねてみると
もちろん土地がたくさんあるという理由もあるが、
カトリック信仰の多いイタリアにおいて、復活に願いを込め体をしばらく残しておくという意味でも
土葬が多いのかも、と言ってくれた。
イタリアのcimiteroはそのほとんどが緑に溢れていた。
十字架は傾き、蔦がからまり、トカゲが顔を出していた。
そして石づくりの建物の中にあるものも、ひびわれ崩れ落ちていたが
それは荒廃とは無縁であり、安らかな祈りに満ちたものだと感じた。
私は現在の日本における葬式や墓地のあり方に疑問を抱かずにはいられないが、
イタリアで確信に変わったこと、それは消えていくということは残っていくということだ。
ずっとつづいていくということ。


イタリアの墓地_b0080173_20545553.gif

by ai-pittura | 2007-05-01 00:07 | イタリア


<< 滋賀の山奥の美術館      昼の制作 >>