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ふりつもる線

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2007年 01月 04日

美術と道具

京都に戻ってきた。
今年は大阪の行きたかったところや、会いたい人、親戚への挨拶などで
バタバタとあっという間の三箇日だった。
麻雀は半荘しかできなかったし、結局ゆっくり飲む暇もなかったけど
お墓参りやおばあちゃんのお見舞いも行けてよかった。

今日読み終えたDavid HockneyのSecret Knowledgeという本はかなりセンセーショナルだった。
西洋絵画史の特に人物表現において、画家たちは光学機器をどのように用いたか
Hockneyが2年に渡り、研究し発表した本だ。
これは今までの美術史家たちがほとんど触れてこなかった美術史の盲点であり、
画家の視点がとらえる新しい美術の舞台裏だろう。
本の内容をかいつまむと、15世紀以降の画家たちの中でカメラ・オブ・スクーラの発見と共に
鏡やレンズを用いて映像をキャンバスに投影して、それをなぞって絵を描く方法が水面下で浸透した。
近年、ウォーホールなどがプロジェクターで映像を投影してそれをなぞっているのは
有名なところだがその歴史はルネサンスにも遡るのだ。
そして映像を投影して描くようになると、よい照明が必要になる、
画家は劇的な光と影を求める。
影の意識、とは光学機器の発明により生まれた新しい視点なのだという。
西洋でよく目にする、背景が黒で光と影を巧みに操っている絵のうしろには
ほとんどこの光学機器の存在がある。
カラヴァッジョなどはまさにこの時代の申し子だろう。
しかし、光学機器のおかげでかたちを正しくとれ、
一瞬の表情などもとらえられるようになり「本物らしく描くこと」を追い求めたであろう
カラヴァッジョの「目で見て描く」デッサンは一枚も残っていないという事実はがっくりだった。
カメラ・オブ・スクーラ、カメラ・ルシーダ・・・そして時代は映像、コンピューターをも生み出した。
あふれる映像とできあがってきた新しい視点の中でどういった意識を持って絵を描くのか。
それを考えることは私にとっても今後の課題だ。
鏡やレンズを用いて描く「単眼」の意識、
そして絵から距離を持った時に立体感をもつ絵、たとえばセザンヌの「双眼」の意識、
そして絵巻のように常に視点が動いていく「多眼」の意識。
現在、私達は様々な道具を用いて生活している。
美術にもその影響があることは自然なことだろう。
しかし、私はやはり絵を描くことはあくまで手仕事でありたいと思っている。

by ai-pittura | 2007-01-04 20:56 |


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