
自然豊かと言えば聞こえいいけれど、島の自然は野性的で荒々しく、厳しい。
内部は山がちで田畑などはほとんど無く、
人が足を踏み入れていない山々を縫うように高低差の激しい道がどこまでもつづく。
植生は椿などの照葉樹林帯が目立ち、かつて渡来した縄文人のことに思いを馳せた。
むせ返るような緑にはさまれた、ほとんど風景の変わらない道をただただ走り
ようやく中通島の東端に辿りついた時は何かほっとしたような思いだった。
橋を渡り、海を見晴るかす場所に頭ヶ島天主堂が突然あらわれた。
日本には珍しい石組みのうつくしい教会。
教会の前には、青い海を背負うようにキリシタン墓地があり、
あるものは角がとれ、あるものはひび割れた石の十字架は
それぞれにふかく刻まれた皺をもつ人々の顔のようだった。

ササユリが、切り立った海食崖の上の斜面のあちらこちらで満開を迎えていた。
その際立った白さが、教会を縁取るように心にのこっている。
浜串、希望の聖母像
滞在中、五島列島50年に一度とも言われる大雨に見舞われた。
船は欠航となり、海水浴場も遊泳禁止、
岩壁に激しく波しぶきが打ちつけられ、思わずあとずさりする。
浜串の教会で、その日、守をしていたおばあさんと長くお話した。
繰り返されたキリシタン弾圧、この土地のもつ痛みや安らぎは
ひとりの人のささやかな日常のお話を通して、
はじめて実感を伴い、内側へ浸透していくような気がした。
この場所はおばあさんがこの島で一番好きだと言った場所。