
昨日、街でかなしい出来事を目にした。
小さな川の横に黒い軽自動車が止まり、中から出てきた青年が
おもむろにマクドナルドの飲み終えたジュースの容器を
川に放り投げた。
続け様にハンバーガーの包み紙などが入っているであろう袋のごみを
投げ入れた。
数瞬の後、ごみは音を立てて川面に落ち、
弧を描きながら下流へと流れはじめた。
彼らに声をかけようとしたけれど、咄嗟に声が出ず、
車はあっという間にその場を去っていった。
コンクリートで固められた小さな川だったけれど、
少し先には小さな鷺がいた。
干潟のようなものがあった。
私はしばらくそこを動けなかった。
多分、とてもショックを受けたのは、彼らがした行為に対してというよりは、
彼らの目には川が川として映っていなかったことに対してなのだと思う。
彼らは果たして川で遊んだことがあるだろうかと漠然と考えていた。
心に川が流れていないなら、そのなかで愛情をもつことはきっととても難しい。
そしてそれは川に限ったことではない。
野田知佑さんという人がいる。
有名なカヌーイストで、ガクという犬と共にユーコンやアラスカ、世界中の川を下った人だ。
私は特にその犬ガクのファンであり、ガクが生きていれば弟子入りしたかったくらいだが、
その飼い主の野田さんは「川ガキ養成講座」と称した川の学校をつくり、
とにかく子供を川に放り込もうとしている楽しい大人だ。
野田さんのような人がいることも、川を知らない彼らのような若者がいることも、
どちらも日本の事実なのだ。