ふりつもる線

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2012年 11月 26日

鯨の笑う目

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左から 山ニ 吼エル、山ニ 考エル、山ニ 笑ウ 〈熊と岩魚と人〉 2012年夏 陶彫

お山に行くようになって、かなり意識が変わってきた部分がある。
たとえば、これまで夏は海や湖に行って、潜ることに夢中になったりした。
その体験は、精神的な部分とつながってすごく面白かったけれど、
海での一日が、その後の感覚や生活まで変化をもたらすことはなかった。
山に行き出して、登るという行為自体は潜ることと同様、
身体との対話や精神面と直接的に関わっているのだけれど、
それだけではない、
もう少し違う部分の感覚が揺り動かされているような気がしてきたのはしばらくしてからだった。
一言で山と言えど、場所、植生などによってもその空気は全く異なる。
杉やモミ、檜などの針葉樹林帯は薄暗く、ドイツ的でどこかキーファーや魔笛を想起させる。
それに対し、水分を多く保有するブナの原生林は明るく、美しい光と共に獣の気配を感じる。
錦繍の山々を見ると、夏には一面緑でわからなかった常緑樹と落葉樹の境が見え、
ああこの山は北山杉のしんとした山だとか、
この辺りは広葉樹林帯だとか、その下を歩くように想像することは愉しいことだ。
下生えの草花ひとつとっても山によって全然違う。
秋は木の実、地面に落ちている実の少なさから、確かに今年、ブナやドングリが大凶作であることを身を持って感じている。
木の実が少ない年、動物たちは里に降りてくる他ない。登山道や里にも爪痕や糞が増える。
最近、夜空を眺めると、星になった熊や鹿たちのことが胸をかすめる。

気づけば、隣人を思うようにブナや白樺や、熊や鹿や岩魚のことが頭にあった。
それらは同時に、人間である私を教えてくれ、
生きることについて、そして私が何者であるのかについて、
ちいさな声で何かを投げかけてくれているように思えてならない。
昨日、何かの番組で塩をつくっている方が、海の近くに塩田を据えながら、
塩作りに一番大事なのは川だという。
山の栄養分、ミネラルをたっぷり含んでいる川の水が塩作りの決め手になると。

私たちは、かたい糸で結ばれているのであり、どうしたって繋がっている、
身体を見つめれば無数の糸、命は網の目のように他と手をむすび、蟻の子一匹零れることはない。
山を陽にかざせば、鯨の笑う目がみえる。

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写真はPatagoniaより
いつかこんなところで寝てみたいものだ。
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by ai-pittura | 2012-11-26 23:27 | 山へ | Trackback | Comments(2)
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Commented by kawabe at 2012-12-06 21:39 x
山は神秘的で、少し恐ろしくもありますね。
忠田さんは里山の近くで暮らしてらっしゃるので、より一層山に惹かれるのかも知れません。
冬の山登り、気を付けて下さい。
忠田さんの場合、興味のあるものにはギリギリを攻めそうで、心配です。

臆病過ぎるくらいがちょうどですよ。

Commented by ai-pittura at 2012-12-09 01:59
kawabeさん そうですね、こちらに引っ越してからすっかり山にはまってしまいました。
ただ、おっしゃる通り、山はほんとうに恐いものだと思います。
圧倒的なうつくしさは、その中であまりにも小さい存在としての
自分の生命を感じるが故のうつくしさなのかもしれません。
山にはいつも何かを問われるように思います。
その声をじっくり聞いてみたいと思っています。
>臆病過ぎるくらいがちょうどですよ。
どうも飛び込んでいくところがあるようで、そのお言葉は耳が痛い(苦笑)ですが
自然のなかでは十分慎重に行動するよう心がけます。
ご心配ありがとうございます!


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