
戸隠連峰、修験の霊場。
切り立った剥き出しの岩肌は、決して簡単に人をよせつけず、
うっすらと霧のベールを纏う尾根にはビリビリと緊張感が漂っていて、思わず背筋をのばす。
近寄り難い、しかしなんという存在感。

鏡池より戸隠連峰。
戸隠神社奥社へは2キロほどつづく長い参道をゆっくりと歩いていく。
夕暮れていく頃、人はどんどんと少なくなり、足音だけがやけに大きくきこえる。
随神門を過ぎて急にぐんと空気が引き締まる。
樹齢400年を超える何百本の杉並木が参道に迫り、
私は突然、遠い過去に飛ばされ、芥子粒のように小さくなった自分を俯瞰しているような気持ちになった。
せせらぎで手を洗い、奥社でお参りをすませた頃、
もうすっかり陽は落ちてしまっていて、
暗闇のなかに誰もいない参道がまっすぐ仄白く浮かび上がった。
薄闇のなかで、空間の境目は曖昧になり、
前後感のない世界で参道の白さを頼りに、たどたどと泳ぐように前に進んだ。
杉並木の奥からは時折何かがギャウー、ギャウー、と鳴く声がきこえ、
ここはもう獣たちの世界であることに、おそろしくも嬉しく、息をひそめる。
ようやく前方にくっきりと鳥居が見え、参道の終点を理解した瞬間、緊張感と陶酔感が解かれ
一気に日常の感覚が戻ってくる。
深呼吸して見上げた上空は、漆黒の闇にまばゆいばかりの星空。
天を横切る天の川を生まれてはじめて、はっきりと見た。