
先日、久しぶりに大阪に帰り、河内長野の金剛寺に日月山水図を見に行った。
公開は春(5月5日)と秋、年に2日間だけで、念願叶い、ようやくこの絵に逢えた。
室町の頃、真言密教の仏具として描かれた作者不明の屏風。
描かれているものを超えて様々なことを想起させる、とても不思議な絵だった。
山海は象徴的で、底辺に濃密な祈りのようなものが流れていた。
しかしそれは西洋の、空に昇華する透明な感覚ではなく、
土に息づくような感じがして、じっと見ていると檜や杉の林立する参道を歩いているような気がした。
空に根ざす、土に根ざす、それは結局同じことかもしれないが、
その感覚の分岐はどこからくるのか、
私自身の主観的なことなのか、それをこえたものを含むのか、
感動と共に、こたえを出せないことに意味がある様々な問いをいただいた。