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ふりつもる線

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2012年 02月 22日

瀧原宮

先日、短いダーツの旅に出かけた。
目をつぶって地図を広げ、家から車で片道4時間以内位の範囲で
えいやっと串が刺さったところは奥伊勢あたり。
滋賀は大雪の早朝6時前に家を出発し、まずは伊勢神宮内宮にお参りをしてその後、奥伊勢を目指す。
地図で奥伊勢にあった瀧原宮という名が気になり、調べてみると
お伊勢さんの別宮のひとつで、第11代垂仁天皇の皇女倭姫命が、
天照大御神を祀る地として新宮を建てたとのことで、その後少しして現在の内宮に新宮を建てたため、
この瀧原宮は天照大御神御魂を祀る別宮となったとのこと。

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田んぼの間を走り抜け、少しずつ山の中に入っていき、
民家や道の駅を抜けたところに瀧原宮はひっそりと立っていた。
森に入ると空気は一層澄んで、土と緑の匂いが濃くなる。
お社までの道はどこまでも長く、高くそびえた樹々は傘のように空間を包み、
時折陽が射すと樹の間から光がこぼれ、はらはらと光り舞落ちる雪に何度も足をとめる。
長い道を抜けたところには御手洗場の川が流れており、お社の配置とも伊勢神宮内宮ととてもよく似ていて驚く。
瀧原宮は内宮のひな形になったという説はかなり確かなものだろう。
参道には樹齢何百年の杉の巨木が何本も天に向かってそびえ立ち、
伊勢神宮同様、常緑樹である照葉樹や針葉樹が深い緑の森をつくっていた。
一本一本の木をゆっくり観察し、一瞬として同じではなく光に移る緑の階調に身をゆだねてみる。
ふと、確かにそこにはほとんど緑しかないことに気付く。
つまり落葉樹がないのだ。
帰宅してから調べてみると、農耕民族のなかで落葉樹林を神域、鎮守の森として祀る例はないとの論述をみつけた。
常緑の緑は、太古の人々にとって変わらずそこにあるものへの祈りの象徴だったのかもしれない。





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by ai-pittura | 2012-02-22 22:18 |


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