
札幌からニセコに向かうバスの車窓に羊蹄山が出現した時、
胸のど真ん中にとてつもなく大きなものがまっすぐにぶつかってきて息が止まった。
京極、喜茂別、倶知安、ニセコ、
羊蹄山のまわりをぐるりと車はまわってゆく。
角度によってすこしずつ印象の違う羊蹄。
羊蹄山。
ラフティングをするためにニセコに来たけれど
その偶然に導かれて羊蹄山の前にいた。
それは、ずっとずっと会いたかった人に会えた時のような感覚で。
とても静かな気持ちがあって、でも同時に胸は苦しいほどで自分でも驚く。

尻別川でラフティングを終えたあと、ひらふ温泉から羊蹄をずっと見ていた。
私の友人はこの風景に抱かれて育った。
これだけ大きな羊蹄山が、雪の季節には雲にかくれ、まったく見えなくなる日が多いという。
そして早朝の白銀の世界に、朝日と共に突然姿をあらわすことがあるのだと。
春も夏も秋も冬も羊蹄に見守られる暮らしはどんなだろうと想像した。
彼女の根にはずっと羊蹄があったのだなあということを、初めて本当に実感した。
夕陽が落ちる頃、中山峠から振り返ると最後の羊蹄山。
夕焼けから夜空への澄んだ階調のなかにくっきりと山のシルエットが浮かんでいた。


ありがとう。