
人が絵を描いているところを真横でじっと見続けるということは
春子おばあちゃんと出会うまでなかった。
見ていると、私も春子おばあちゃんの目のうしろに立って
一緒に何かを追うような気持ちになる。
おばあちゃんの顔や声の調子だけでは、その日の体調までわからないが
描いている様子にはそれが如実にでるからすごい。
ここしばらくはずっと手の甲を描いているおばあちゃん。
体調が良いときは目ではないもので手を見る。
おばあちゃんは少し耳が遠いけど、ちょっと大きな声で話せば普通に聞こえる。
でも、絵を描いているときは何度か呼んでも気づかないときが多い。
おばあちゃんはそこにいて、そこにはいないかのよう。
大野一雄さんを思い出す。
何者でもなく、同時にあらゆるもので満ちている大野さんの舞踏や言葉。
ああ、とても、遠い遠い道のりを、気負わずにじっくりと歩いてゆきたい。