人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ふりつもる線

aipittura.exblog.jp
ブログトップ
2009年 03月 23日

迷宮

送別会、卒業式、別れと旅立ちの多い季節、学生と関わる者にとっては一抹の淋しさと共に
年の瀬よりも一年の終わりと新たなはじまりを感じる時でもある。
予備校や大学で学生と関わる中では刺激と共に戸惑いや驚きも多かった。
80年代〜90年代前半生まれの学生たち。
私は81年生まれなのでそんなに年齢が変わる訳ではないのだが
彼らの世代を流れる空気に2段階ぐらいの開きを感じる。
個人個人違う人間なので○○世代とひとくくりにすることには危うさを感じるが
1989年の出生率1.57ショック周辺に生まれた彼らの成長を取り巻いていた環境を軽視はできない。
子供ひとりにかける教育費が増えたこと、それにより子供の進路の舵をとる親、
テレビや次々と進化するゲーム機器、バーチャルなものが氾濫する生活。
学校への問い合わせも学生からではなく親からの電話がほとんどであり、
今や予備校でも三者面談が必要で、
子供のために一週間のタイムスケジュールを組んでいる親もいる。
加えて、個人情報を隠そうとする人。
それらは、修了式の日に見た学生達の笑顔と共に、消えない黒い点となって残った。
受動的な環境は自分で考える力を奪う。
反骨精神や闘うための刃を取り上げる。
過度な擁護は決してその子を守りはしない。
人は弱いけれど、同時にどこまでも強くたくましくなれるものでもある。
そういった現象説明の言葉に怯え、まわりが遠巻きにその状態を見ていることで
子供がそれを打破する機会を失う場合もあるのではないだろうか。
今の時代の脆さは
学校に行きたくないなあ、そんな誰にでもあるちょっとした気持ちにさえ
登校拒否や鬱ということばに、軽く自分を当てはめてしまえることにもある。
そんなところから知らぬうちに現象に引きずり込まれてゆく学生を目にした。
言葉での理解というのはそれほどにこわい。

考えられないような事件も多い時代にあって、
個人情報を漏らすまいとする親御さんの気持ちが理解不能とは言わない。
しかしそのような「個人」指向の片鱗はクラスの雰囲気とも重なり、ひっかかった。
自分は自分、人は人、それぞれが微妙に牽制しあい、お互い躊躇しながら核心には触れない部分で
関わっていることがとても気になっていた。
人が感情の中に埋没し、自我に飲み込まれるのは恐ろしいことだ。
自分の中の奥の世界に気づかせてくれるのは他者でもある。

次年度への潜思は尽きない。

by ai-pittura | 2009-03-23 20:54 | 人間


<< 連動      匂い >>