ふりつもる線

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2013年 05月 30日

緑響く

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長野滞在中の早朝に訪れた、蓼科の御射鹿池。
緑が、緑だけが幾重にも層をなしている。
苔の浮き島はビロードのように朝陽にひかり、
奥にひろがる唐松の林は、滴るようなやわらかな緑をたくわえて。

時が止まったような時間、
緑とは なんというしずかな色なんだろう。
緑のなかには、音楽がながれている。

この池は
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by ai-pittura | 2013-05-30 21:50 | 風景 | Trackback | Comments(8)
2013年 05月 30日

松本

b0080173_20362279.jpgクラフトフェアまつもとを終え、滋賀に帰ってきました。
暑い暑い二日間、お越し頂いた皆様、スタッフの皆様
ありがとうございました。
クラフトフェアという初めての経験のなかでは、
主人は多々考えさせられることがあったようです。

使いやすいもの、
使いにくくとも暮らしに迎えたいもの、
作品と暮らしの関わりについて
私もいろいろ考えさせられました。

そして、素敵なものを作っている木工作家さんとの出逢い
(主人にとっては再会)は私たちにとってすごく嬉しいものでした。
同世代の方が作っている佳いものに出逢うと
勇気がわきます。
木工藝kozan小山剛さんの仕事は
樹の生きてきた、深々としたしずけさを包みこんだ、
うつくしい仕事でした。
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by ai-pittura | 2013-05-30 21:16 | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 25日

Crafts Fair Matsumoto 2013

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Crafts Fair Matsumoto 2013

「創作のエネルギーは世界を変える」

『クラフトフェアまつもと』は2013年で29回目を迎えるField Exhibitionです。
工芸の五月のメインイベント・クラフトフェアまつもとは、
毎年5月最終の土日に全国から約270名のクラフトマンがあがたの森公園に集まり、
作品の展示を行います。
  
Crafts Fair Matsumoto is a field exhibition at the Agata-no-Mori Park in Matsumoto city
on the last week-end of May which gathers about 280 craftsmen
from all over the Japan since 1985.

開催日時
5月25日(土)11時~17時 25th May sat 11h-17h
5月26日(日) 9時~17時 26th May sun 9h-17h
於 あがたの森公園
at Agata-no-Mori Park in Matsumoto
雨天決行

主人(稲富淳輔)がクラフトフェアまつもとに出店します。
私もドライバー兼お手伝いで同行します。
あがたの森公園、長野の澄んだ風のなかでクラフトフェア、本当に楽しみです。
ご都合よろしければ、是非是非お越し下さい。

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by ai-pittura | 2013-05-25 06:09 | お知らせ | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 21日

小満

そして、昨夜チコが連れてきた新しい命たち。
夜の脱衣場に全員集合していた。

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あ、私の刷毛・・・。

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さらには押し入れの柱の隙間からシロアリが大発生!
何もかもが一斉に活動をはじめている。
陰暦4月、陽気盛んにして万物ようやく長じて満つ、の候。
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by ai-pittura | 2013-05-21 23:17 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(2)
2013年 05月 21日

人のなかに

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高島トレイル、寒風峠のブナの林。
ここがとても好きだ。

人を描けば、風景を描いているような心持ちになることが多い。
なぜなんだろう。
それは時に霧の山であったり、たゆたう川であったり、
もの言わぬ岩であったり
新緑のブナの林だったりする。
その風景のなかに熊を住まわせ、鷹を飛ばせたい。
梟や兎を、そして土に抱かれるその亡骸も内包するような
そんな人を
いつか
描けはしないだろうかと。
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by ai-pittura | 2013-05-21 21:58 | | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 21日

宮崎学さん

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野生動物の生き死にについていろいろ調べていたなかで、
この写真に出会った。(写真は宮崎さんのサイトからお借りしました。)
その時の感覚が、あの入江で感じたものと、あまりに似ていた。

この写真は宮崎学さんという写真家による、
「死」という写真集(一匹の動物の死の後を定点観測している)に収録されているなかの一枚だった。
取り寄せた写真集は、本当にすばらしいものだった。
そこには死が新たな生命となりかわっていく様子がつぶさに記録されており、
種のなかに刻まれているそれぞれの役目と
懐深い、自然の奇跡のようなバランスに、胸がふるえた。

私は、数年前じいじいが亡くなった後に連作を描いていたときのことを
もう一度思い出していた。

以下、宮崎さんの文章です。


死を見つめて


自然界には誕生の数だけ、死もある。毎年生命の誕生が爆発的に繰り返されて、膨大な死も続く。
そして結果的に、死はあらゆる生物の生命を支えている。
そんな自然界の生死にカメラを向けてみると、死を待っている生物がたくさんいることに気づいた。
いわば、他の動物が死んでくれないと生きていけない生物 がいたのである。
これはまさに、「死」を前提として自然界は成り立っているのである。
こうしてみると、死は必要なことに気づく。あらゆる生物が輪廻転生を繰り返すために、
死はなくてはならない。自然界の営みそのものは、こうして存在し続ける。
この当たり前にして大切なことを、今日の私たちは忘れてしまった。
誕生の瞬間ばかりを美しく捉える「花鳥風月」で自然を見るのではなく、
死後の世界も知っていいのではないか。他の生物に食われて自然に形がなくなってい く。
それこそが、自然の生命としてもっとも幸せなことかも知れない。
そして、多くの生き物が、死んだあと妊娠期間とほぼ同じ時間で土に還っていくことがわ かった。
生命体の大家さんである地球から『選ばれた生命』として、
住んでもいいことを許してくれた時間を大切にしながら、僕も生きてみたい。
写真を撮ってみて、僕はつくづくそう感じた。


宮崎 学


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by ai-pittura | 2013-05-21 16:02 | | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 20日

種のこと

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その日は骨に縁のある日だった。
友人が、イタチと思われる小さな頭骨をくれた。
これは友人が毎日観察している湖岸のある場所で見つけたものだ。
時計とさほど変わらない大きさ。
こんなに小さいのに、そのつくりはどこまでも精緻で繊細だ。

この日は、帰りに突然、暗闇から大きな牝鹿が車の前に飛び出してきた。
その距離5m。
心臓が止まりそうなほど驚いて、急ブレーキを踏んだ瞬間、
さらに、もう一頭続けて鹿が現れ、左から右へ車スレスレのところを走り抜けていった。
動悸はしばらくおさまらない。
とにかく、ほんとうに良かったと深い安堵のため息をついていると、
今度は猿の集団が視線の先に躍り出た。
次は少し余裕をもって対応できる距離だったが、
湖北は本当に野生動物の宝庫だ。
山が湖ギリギリまでせり出しているため、動物は頻繁に出没するし、
人の暮らしとせめぎあっている。

滋賀に住んで、山にも入るようになってから、日常のなかで人間以外の生き物を意識することは
本当に多くなり、最近は彼らの生態にどんどん興味が湧いている。

梟に、熊に、樹々に学ばなければならないと思う。
自然界における破壊と再生、震災とその後のこと、
生き物のありようから、人間の"種"としての生き方を考えてみたい。
そこから日常という小さな地点におりたつこと。

内なる個をおりていくこと、外を知り 種をたどること、
それはどちらも同じところへ向かうように思う。
目を凝らせば、ところどころに確かな結び目は感じられるのだけれど
まだまだ茫洋としていて霞んでいる。
だから 考えたい。
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by ai-pittura | 2013-05-20 00:02 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 19日

水辺にて

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友人が湖の北、深く切れ込んだ入江に連れていってくれた。
隠れ里のようなTという集落の果てがこの入江だ。
琵琶湖には様々な顔がある。
湖岸道路はもう何度も走っていて、いろんな表情を見てきたけれど、
それでもまだこんな場所があったことに息をのむ。
釣り人の密かな穴場になっているらしく、木陰に釣り糸をたらしている人がいる。
時々、竿をふる音と魚のちいさく跳ねる音。
湖面には波がない。

水辺に近づくと、スチロールの破片や積もったゴミが目についた。
角がまるくなっていたり、細かく砕かれたものが多い。
釣り人が残していった新しいものもあるけれど、
この入江に流れ着き、堆積したのだろう。
それは風景のなかで、異質に見え、
生きていくなかで溜まっていく澱のようなものにも感じ、胸の奥が重くなる。
それでも
視線を上げれば、別世界のように透明な緑の世界がやわらかな明るさの中にあった。

入江に突き出た小さな岬のような部分に歩を進め、奥に入ると
水辺の近くで鹿の頭骨に出逢った。

頭骨は笑っているように見えた。
鹿は最期の場所にこの水辺を選び、喉を潤して草上に横たわっただろうか。
その風景が網膜に映像となって浮かんだ。
いずれ骨は植物に覆われ、少しずつ分解されながら土に還っていくだろう。
その風景のなかには、ひとつの命の豊穣な死と生の時間があった。

一週間前の出来事だ。
とても不思議な場所だった。
”水辺”というもののもつ象徴的な場所であるようにも感じた。
透明なしずもり。
生と死は 分かち難く
境界上を揺らめいていた。
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by ai-pittura | 2013-05-19 23:01 | 風景 | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 06日

暮らし

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ジュンの誕生日。
制作をして、誕生日に行こうと言っていた朽木のお気に入りの洋食屋さんへ。
ジュンはポークのビール煮込みで私は煮込みハンバーグ。
川沿いのテラスが本当に気持ちいい季節になった。
カジカがもう鳴いている。夏の気配がする。胸がざわめく。
帰りにヒメウツギ、チャイブ、レモンバーム、バジル、青紫蘇の苗を購入。
春になって草がわんさか生えてきた庭、特にカラスノエンドウとドクダミの繁殖力たるや・・・
このところ毎日少しずつ草引きをして、もう一度土を耕し、畝をつくって整えている。
これからの季節は草との根比べ。
もうすぐ紫蘭の花が次々に咲く。その次は紫陽花。
まだ小さい芍薬、今年は咲くだろうか。
最近調子の悪い蓮、油のようなものが浮いてくる。大丈夫だろうか。
それでも花芽は出てきそうだ。

庭のハーブは、育ちすぎているアーティーチョーク、セントジョーンズワート、ローズマリー、
そしてその影にオレガノ、パセリ、フローレンスフェンネル、ディル。
近くの土手から移植したアップルミントはこれからぐんぐん伸びると思う。
ハーブ博士デンさんの所から来たスイスリコラミント、レモンティートリーは
夏にハーブティーにするのが楽しみ。

芳田さん、送ってくださった妙高のブナ、若葉を広げ、すくすく育っています。
滋賀の夏の暑さをなんとか乗り切ってくれるといいのだけれど。
鈴木さん、旅館の玄関先のものを分けてくださったスズラン、しっかり庭に根をおろしました。
木下さん、陸前高田の思いをのせたヒマワリの種、たくさん蒔きましたよ。
発芽が今か今かと待ちきれません。

タガネは今日も意気揚々と出かけ、また喧嘩傷の新しいかさぶたをつくり、
毛布のうえで泥のように眠る。

なんでもない日常、でも 決して当たり前でない日常。
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by ai-pittura | 2013-05-06 23:36 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(6)