ふりつもる線

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2012年 12月 27日

2013 Ai CHUDA Calendar

この記事はしばらくトップに固定しています。

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ここ数年の絵を使った2013年の卓上カレンダーが、ギャラリー歩歩琳堂より発売となりました。
内容はハガキサイズで16枚綴り(表紙、カレンダー12ヶ月分、絵のみの付録3枚)となっております。
価格は1,050円で販売しております。
HPにも写真を載せておりますのでよろしければご覧ください。

それぞれの季節を思い浮かべながら、月毎の絵を選びました。
お手元に置いていただけましたら大変嬉しく存じます。



★ギャラリー歩歩琳堂(078-321-1154)にてお電話でのお申し込みを受け付けております。

★メールでのお申し込みも可能ですので、ご希望の方はコチラに、お名前、ご住所、ご希望部数(1部以上の場合)
ご連絡お願い致します。
折り返し、振込先を返信させていただきます。
※ご連絡をいただいてから発送まで、10日前後いただくことがあります。

ご送付の場合、送料80円をご負担いただくこととなります。ご了承下さい。
例/カレンダー1部の場合1050円と送料80円で1130円となります。
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by ai-pittura | 2012-12-27 11:41 | お知らせ | Trackback | Comments(8)
2012年 12月 22日

冬至

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by ai-pittura | 2012-12-22 16:40 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(2)
2012年 12月 22日

雪のお山

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b0080173_2392548.jpg今年の初雪はずいぶん早かった。
先週末の大寒波は湖北、マキノの山々にもベールをかけ、
登山学校での山行は急遽スノーシューへ。
初めて履いたスノーシューはアメンボのように
雪のうえをすいすいと歩け、
その感触に嬉々とするのも束の間。
湿った雪とスノーシューの重みに少しずつ皆、無口になる。
ふと立ち止まったときの無音の世界は特別だ。
火照った頬にあたる空気のはりつめた冷たさ。
深呼吸すると冬は真ん中を垂直におりてゆく。
私は冬が苦手なはずだった。  訂正する。
雪とともにある冬が大好きだ。
登山道は雪に埋もれる。けもの道も雪に埋もれる。
雪はどこにもひとしく降り、山には境がない。
白のなかに、葉を落とした樹々の黒いシルエットが浮かび、
樹皮の違いが際立つ。
葉を落としてしまうと何の木だかほとんど分からない私たちに
前川さんがあれはコナラ、これはミズナラと教えてくれる。
登ったことのある赤坂山、でも全然知らない別の山のようだった。
山頂は吹っ飛びそうなほど凄まじい風だった。

そして、何と言ってもスノーシューの醍醐味は下りだろう。
登山靴では下りられない急斜面をショートカットする。
少々転ぼうが滑ろうが雪の上では問題ない。
すばらしいバランス感覚で獣のようにピョンピョン滑り降りていく前川さんの後ろ姿にあっけにとられながら、
とてつもなくワクワクしていた。
初めての雪山、忘れないだろう。
冬はこれからだ。

しかし、雪山のすばらしさは同時に太刀打ちできない恐ろしさでもある。
登山道の境がないということは、正確で、よりこまめな読図が不可欠だということ。
読図は普段からもっと実践しなくてはいけない。
何度も登ったことのある山でも、いつも初めて登る山として接すること。


※写真、オレンジのジャケットを着ているのが師匠、前川正彦氏。
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by ai-pittura | 2012-12-22 00:15 | 山へ | Trackback | Comments(2)
2012年 12月 21日

暗中模索

b0080173_20485776.jpgずっと撮りたいと思っていた、
タガネのあくび写真が偶然撮れてとても嬉しい。
あくびの時はこんな顔をしていたのやね。
まじまじと見てしまう。

このところ、ずっと静物画を描いている。
りんごや梨や。
なかなか感覚が掴めず、何枚も消しては棄てる。
自分がりんごから感じているものと、
絵の上で立ち上がってくるりんごの間に距離がある。
その距離を何とか詰めていきたい。
うつくしさにのまれてはいけないと思う。
打たれ過ぎると、どこか視覚を足がかりにしようとしていることに
はたと気付く。
視覚に依りすぎるときっと離れてしまう。
うつくしさの外側にいることが必要だと感じながら
なかなかそれができずに、もがいている。
りんごの実をうつくしくしているのは、
実そのものだけでない。
枝や花や葉や、もうそこにはないもの、もっと違うなにか、
りんごの周りにある広がりに
触れたい。
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by ai-pittura | 2012-12-21 21:49 | | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 15日

踊ろうマチルダ

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麒麟が跳ねる夢いっぱいのオリジナルムービーの映像と共に、流れる歌がぐっときた。
(何を隠そう、私はビールは麒麟党なのです。)

そして、踊ろうマチルダさんのライブに行った。
時間も空間もひとすくいにかっさらってしまったマチルダさん、嫉妬するほど
素敵な夜だった。




一生懸命、絵を描こう。

今日は不在者投票へ。小さな町の市民センターはたくさんの人でごった返していた。
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by ai-pittura | 2012-12-15 22:48 | 人間 | Trackback | Comments(2)
2012年 12月 03日

1953-4年のチェット・ベイカー

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思いがけず利香さんからレコードをいただいた。
それもジャズをたくさん。
そのなかには私が大好きな人や、ずっとアナログで欲しかったものもあって
一枚一枚、針を落とす瞬間の静かな高鳴りが、このところ毎日続いている。
なぜか夏はあまりレコードを聴かない。
ゆっくりと黒い円盤が回るのを見つめたくなるとき、
デジタルでは消えてしまった音に耳を澄まし、胸にすとんと落ちてくるようなまっすぐな音が恋しくなる時、
それは秋から冬にかけてなのかもしれない。

1年前、展覧会で阿蘇に滞在していた時、このホーンスピーカーと出会った。
モノラルスピーカーは骨董市などで見かけることがあってもずいぶん高く、
とても手が出るものではなかった。
それを阿蘇で、ずいぶん安くお譲りいただけることとなり、それでも私には大変高い買い物で、
画廊の中尾さんが絵の売れたお金を立て替えてくださり、買うことができたのだった。
スピーカー(アメリカ製でちょっとハッキリしないけれど多分1920-50頃の物のよう)は
新しいジャックに換えてくださっているので、i podにだって繋げる。
ただ、たくさんの楽器が入っている音楽、バンドやオーケストラとなると拾えない音があるので、
適さないのだけれど、
独奏〜クインテットくらいのジャズやクラシックは秀逸で、ドキッとするほどに硬質で実直な音なのだ。

1950年代のチェット・ベイカーを、同じ時代のホーンスピーカーで聴く。
しずかな秋の終わりの光のなかでコーヒーを飲む。
触れられそうなほどの実感が部屋のなかに満ちていく。
なんて贅沢なんだろう。
(なんだか長田弘さんの詩みたいだ!長田さんもこんな時間を過ごしているのですか?)

利香さん、本当にありがとうございます。

ところが、最近スピーカーの調子が悪くなり、
阿蘇にお電話すると、中の線が弱くなっているかもしれないとのことで
近々修理していただくことになった。
今の時代のものは、今の時代のものですばらしい。
でも電化製品などの修理代が異常に高いことが多く、新しいものを買う方が安かったりすることは腑に落ちない。
修理しながら長く使えるものと共に暮らせることは、しあわせなことだなあと思う。

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by ai-pittura | 2012-12-03 15:38 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(6)