ふりつもる線

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2011年 10月 31日

仔猫と草の芽

b0080173_1829554.jpg10月14日の夜、チコの腕のなかで仔猫の一匹が横たわっていた。
もう動いてはいなかった。
その二日前から雨がつづいていた。
猫たちは皆風邪気味で暖を求めて、
うちの母屋をでてすぐのところにある風呂場の脱衣場に珍しく集まり
七、八匹がだんごになって一日中そこにいた。
皆安心しきって眠っていた。
その家族の風景はなんだか神々しいほどに感じられ
私たちは何度も何度もこっそりのぞいた。
仔猫はそのなかで息をひきとったのだった。
とても短かったけれど、
仔猫は精一杯よく生きてよく死んだ。
時がとまったような時間のなかで
不思議と、かなしみだけでない、
もっと大きななにかが胸に灯っていた。
亡骸を夜の庭にかえし、ふと振り返った時
後ろに座ってそれをじっと見ていた母猫チコの姿を
きっとずっと忘れないだろう。
今日庭に、仔猫の眠る場所を見に行ったら、
盛り上がった土の上に
もうたくさんの草の芽がでていた。
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by ai-pittura | 2011-10-31 18:26 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(4)
2011年 10月 30日

星野源さん



うた、松倉如子さんや勝さん、高田渡さんは私の特等席ながら、
最近星野源さんが好きで何度も何度もくりかえし聞く。

日常のあたりまえさ、
あたりまえであることのすばらしさ!
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by ai-pittura | 2011-10-30 18:01 | 人間 | Trackback | Comments(2)
2011年 10月 30日

磯江毅展

b0080173_1765832.jpg先週、奈良県立美術館の磯江毅展へ。
展示は各時代を網羅した非常に充実したもので、
今年発見されたという多数のデッサンも展示されており凄い見応えだった。
ゆっくりと絵を拝見して後には
ただただ、不思議なほどに澄み切ったものがのこっていた。
それは毅さんの、ものを見つめる透徹した眼差しだったのかもしれない。
絵を描くことの孤独とは
確かにしろい光のなかにあることを
改めて教えていただいたような気がしている。
いくつかの絵を何度も何度も胸の内で反芻した。
ちょうど先日、磯江さんとも親交があり、かねてから興味のあった
Eduardo Naranjoの稀少画集をオークションで入手。
描ききることでそのものを解き放った彼らのアプローチを暫し辿る時間。
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by ai-pittura | 2011-10-30 17:16 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 30日

十一の海

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b0080173_0295764.jpgb0080173_030623.jpg

26日は"十一の海"展示とトーク、打ち上げと慌ただしい上京でした。
プレオープン、そしてトークに駆けつけてくださった皆様、本当にありがとうございました。
短い時間のなかでしたが、いろんな方とお話できて貴重な時間でした。
今回はトークの難しさを痛感し、グループ展についてもいろいろ考えさせられ、
課題をいただいた展覧会でした。
トークはあっという間に時間がきてしまいましたが、ご来場者の方で何か言いそびれた方、
こんなことを聞いてみたかったということがありましたら、"十一の海"ブログコメントにドシドシ書き込んでください。
Genの目的でもあった、普段していないことへの試みと、お題をいただいて描く"注文制作"が重なった中での試行錯誤。
そのなかで出てきたことは、真摯に受け止め、しっかり拾って次につなげていこうと思っています。

展覧会は土日祝はお休みなのでお気をつけてお越し下さい。

b0080173_142864.jpg






私の海、”わたの原”はこんな感じ。会場が暗いので実際の色と全然違いますが。
また明るいところでも展示してみたい。
画家の渡邊榮一さん、わかりやすい写真をとっていただき、
コメント本当にありがとうございます。
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by ai-pittura | 2011-10-30 00:52 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 15日

"十一の海"@日本経済新聞社SPACE NIOのお知らせ

b0080173_16574454.jpg”十一の海” 
—キョウト ノ ニホンガ ト ヤキモノ 2011—

菅原健彦稲富淳輔、忠田愛、
伊賀上空見子、後藤吉晃
西澤康子、前田和子、江川直也
川田基寛、田中脩平、山本雄教

会期 2011.10.27 Thu 〜 11.11 Fri
時間 10:00 〜 18:00(金曜日20:00まで)
土日祝休

Pre Opening TALK 参加無料
10.26 Wed 19:00〜 (17:00から内覧できます)
Guest 小金沢智(世田谷美術館学芸員)
トークには出品作家全員参加予定です。

会場 日本経済新聞社 東京本社2F SPACE NIO


※オープニングトーク予約受付中、当日受付も可能
参加ご希望の方は『十一の海』、氏名、人数、電話番号(e-mail)を明記のうえ、
075-791-8233にFAXを送っていただくか、sugawara@kuad.kyoto-art.ac.jpまでお申し込みください。

★”十一の海”Official BLOGができました。



『十一の海』開催にあたり
小金沢智(世田谷美術館学芸員)

 海を見たかった。もう長い間見ていない。
そう思うだけしている間にあの津波がやって来て、海は沢山の命と生活の営みを大きく吞みこんだ。
海は、生命の起源であり、今でも私たちはその庇護のもとで恩恵をうけているが、
時に牙を剥き、命を奪いもする。
そのことが、今を生きている私たちにはあのとき強烈なイメージとともに刻みこまれたはずである。
 だが、そもそも私たちはそれも含んだ自然の大きな循環の中で生き、死んでゆくのではなかったか。

去る五月、Genというグループから展覧会のテーマを考えてくれないかと依頼があった。
Genは京都造形芸術大学芸術学部美術工芸科日本画コース教授の菅原健彦と、
同ゼミ現役ないし出身の作家からなるグループである。
昨年第1回展をgallery RAKU(京都)で行っており、当時メンバーは平面の作家四名であったが、
現在は立体の作家も含め十一人と人数を増している。
 Genの由来は「起源」の「源」であるという。
物事の起源を追求することーそれこそ彼らが作品を通して行おうとしていることにほかならない。
 ならば海をテーマにしてはどうかと提案したのは依頼を受けてから間もなくのことだ。
物事の起源がどこにあり、どういうものなのか、私は知らない。
考えたところでやすやすと答えが出るものではないだろう。けれども、あの冷たくも暖かい、
激しくも穏やかで、生命の揺籠であり墓所でもある、深い海に思いを巡らせることは
今だからこそ重要な意味を持つのではないか。

十一人による海はどのように私たちを迎えてくれるだろう。
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by ai-pittura | 2011-10-15 20:43 | お知らせ | Trackback | Comments(4)
2011年 10月 10日

山の珈琲

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制作のひどい肩凝りと車生活ですっかり鈍ってしまっている身体を呼吸させるべく山門水源の森に入る。
標高も低く、昼食時間を含んで3時間半ほどで一周できる小さな山の森だ。
ほとんど誰もいない静かな森、光がよく入り風通しがいい。
沢と森の真ん中に小さな湿原があり、まわりをブナ、ミズナラ、カシ、杉、檜などの林が取り囲んでいる。
カワラタケがたくさん、ナナカマドが赤い実をたわわにつけている。
小さな花火のような白い花、コウヤボウキという名を覚える。
地面は乾いた落ち葉のじゅうたんに星の数ほどのドングリ。
猿と鹿の糞、糞ころがしがせっせと働いていた。ヒャーーンと遠くで鹿の声。
ほどよい疲労感の心地よさと山頂で飲む一杯のコーヒーの素晴らしい幸福感。
それにしても山で飲むコーヒーはどうしてこうも美味しいものか。
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by ai-pittura | 2011-10-10 20:32 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(3)
2011年 10月 07日

猫と人

b0080173_1824174.jpg私たちの家は猫の国の一部でもある。
もちろん狸や家守や無数の虫たちの国の一部でも。
裏庭の彼岸花の向こうに小さく跳ねる四つのかたまりがあった。
チコは四匹も仔猫を産んでいたことが今日わかった。
それを優しく、少し心配そうな顔で見守る半年年上の姉チータ。
実は四匹とも皆が良好な健康状態とはいえない。
チコとお揃いの白にトラ柄の一匹は片目がつぶれていて、
同じ柄のもう一匹は両目がつぶれているように見える。
パンダとよく似た白黒の一匹は目に問題はないがとても小さく
この前写真を撮った仔猫、チータと同じ全身トラ柄の子だけが
皆よりひとまわり大きく元気だ。
ここは都会とは違って、今のところ駆除の手が入ることもなく
自然のなかで野良猫が生きてゆける環境がある。
たとえ私たちや近所の人たちがごはんをあげなくとも、
彼らは蛙や虫をうまく捕まえながら食べている。
ここに住んでチコ達と生きる場を共有するようになってから
彼らとの関わりについていろいろ考えさせられてきた。
それでももう十分に情をもってしまっているチコの仔猫が
不自由な目であるため、明らかに弱々しくか細い様子は
見ていてとても痛かった。
自然は彼らを淘汰するかもしれない。
でも、それでも私は彼らをただじっと、しっかりと
つらくとも見ていようと胸に誓う。
生きていくことを、そして死んでいくことを、
その覚悟を教わっている。
今際、とは今のかぎりを必死に、必死に生きることだ。
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by ai-pittura | 2011-10-07 19:09 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 05日

皮膚の内外

b0080173_22382680.jpg田中泯さんの場踊りを目の前で見た一年半ほど前のことを思い出す。
”今”と”ここ”、どんな言葉を発してもその真ん中には刺さらない。
泯さんの本、『僕はずっと裸だった』が出版されたのは
つい最近のこと。
泯さんという人間の一片に触れてみたくて、一晩で一気に読む。
泯さんの言葉だ。それは確かに泯さんの根から出ている言葉で、
もちろんそれは共有する日本語でありながら、
しかしそのままにとらえることは違うのではと感じる。
言葉にならないもの、なってはいけないもののまわりを
注意深く縫うように包む泯さんの言葉は
表面上の隔たりがあったとしても、
泯さんという人をたどる上でとても直接的なものだなあと。
私自身のことを言えば、外側に対する皮膚感覚は強くとも、
皮膚の内側に対する感覚が鈍い。等閑にしてきてしまった。
皮膚の内側の身体について時間をかけて考えてみたい。
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by ai-pittura | 2011-10-05 23:03 | | Trackback | Comments(2)
2011年 10月 04日

猫の国

b0080173_948867.jpgb0080173_9475766.jpg
先週末チコが新しい家族を連れてきた。
まだ目もはっきりと見えていない、なんて小さな命。
たどたどしくおぼつかない足どりに、思わず涙。
この世に立ちあがって歩をすすめようとする生きものの大いなる不思議。
まだうちに来たのは一度だけだが、庭がつながる裏隣の納屋のほうから時々ミャアミャア元気な声がきこえる。
8月末の大型台風の前の日を境にパンダの姿を見ていない。
それまではチコ、コバン、チータと共に毎日うちに遊びにきて長い時間を過ごしていた。
好奇心旺盛で人なつこく、撫でてもらうのが大好きなパンダ。
いなくなる前の二日ほどは夜中も一匹でうちの風呂場の前にいたことを覚えている。
チコからも親離れした頃、男の子の冒険心が芽生えたのか、それとも台風に怯えてどこかに逃げたのか、
甘えんぼうで笑顔のかわいいパンダを思い出す時、いつも一期一会を思う。
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by ai-pittura | 2011-10-04 10:40 | 仰木の暮らし | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 02日

おしらせ

以前応募していた銅版画のコンペにそれぞれ入選しました。
もうすぐ展覧会がありますのでご報告まで。

b0080173_16234789.jpg第56回 CWAJ現代版画展

会期:2011年 10月14日(金)11:00am – 8:00pm
          15日(土)11:00am – 6:00pm
          16日(日)11:00am – 5:00pm

会場: 東京アメリカンクラブ (新クラブハウス 港区麻布台)
    03-4588-0381

こちらでは販売もしていただいています。


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第5回山本鼎版画大賞展

会期: 2011年10月28日(金)〜11月13日(日)

会場: 上田創造館(長野県上田市上田原1640)
     0268-23-1111
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by ai-pittura | 2011-10-02 16:34 | お知らせ | Trackback | Comments(8)