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2007年 06月 30日

愛すべき場所

b0080173_17465435.jpg本邦初公開。
私の愛する庭、第2アトリエ(大袈裟に言ってみました)、
我が家のベランダです。
向こうに置いてある絵は100号(117×162cm位)なので
大体大きさわかるかな。
先日、暑くなってきたのでホームセンターでテーブルセットを
買いました。
ここで飲むビールは最高。川床なんて目じゃありません。
この前は工事用ランプを点けて夜に鉄板焼をしました。
大文字山だって見えます。
ここで制作する時が一番はかどります。
思いっきり煙をあげながらドローイングができるし、立てたり寝かせたり、離れて見れる。
ただ問題は、明るい時しか絵が描けないこと(昼間は働いていることが多いのに)、
天候に左右されること(屋根が無いので)、
熱中症になりそうなこと(ちょっと作業するだけでこれからの季節は黒コゲ)。。。
今日は4時に仕事が終わったので、日が暮れるまで頑張るぞ。


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by ai-pittura | 2007-06-30 17:46 | | Trackback | Comments(6)
2007年 06月 26日

東京3日目*museum as it is

b0080173_2113253.jpgb0080173_2114211.jpgb0080173_21143669.jpgb0080173_21145222.jpg
東京3日目、最終日、唯一の雨の日だったが予定通りmuseum as it isへ。
総武線(だったっけな)、外房線、千葉駅ともうひとつどこかの駅で乗り換え、時間待ちをして
なかなか味のある顔をしている電車に乗って茂原という駅に着いた。
そこからバスに乗り、長南三又という所で降りた。
バス停のすぐ近くにはゆたかタクシーという営業所があって、
人の良さそうなおじちゃんのタクシーで美術館まで行った。
山や畑の間を縫うようにゆるやかなカーブをくりかえすその道のあちこちに
紫陽花がこぼれるように咲いていて、雨に濡れた緑の中で群青や薄紫、白や浅葱色が目に染みこんできた。
as it isでは「おじいちゃんの封筒 紙の仕事」展をしていた。
藤井咲子さんのおじいちゃんが80歳から95歳まで広告や包装紙、
回覧板のメモやあらゆる紙でつくってきた封筒が並んでいた。
私にとっても馴染み深いうつくしさだった。
それは新聞の間に入った広告の裏がメモに使えるからと言って、
小さく切って電話の横に置いていたおばあちゃんの記憶、
そして、からまった釣り糸を一見無器用そうな指でくるくる見事にほどいて仕掛けをつくったり、
折り紙でいろんな折り方を次々に教えてくれた、万華鏡のようなおじいちゃんの知恵だった。
私のおじいちゃんはいろんなものを捨てずにとっていた。
吸い終わったHOPEのたくさんの空き箱も大事にとっていた。
表のフウセンカズラが実をつけたら、一緒に種をとって箱の中にしまった。
b0080173_22144851.jpg外国のコインや何やらいっぱい詰まった缶や箱が
おじいちゃんの部屋にはあって
私は時々その宝箱をみせてもらうことが好きだった。
それは決して色あせない記憶として私の中にあって、
おかげで私もものを捨てることができなくなったが、
この展覧会を見て、
私もこんなうつくしさを持てる人になっていこうと思った。
as it isの空間はとても静かで、あたたかく、
もう一度自分の速度に戻してくれる、そんな場所だった。



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by ai-pittura | 2007-06-26 21:12 | 展覧会 | Trackback | Comments(6)
2007年 06月 25日

東京2日目*銀座→六本木→青山→表参道→原宿

梅雨だというのに東京2日目もカンカン照りの猛暑。
朝から銀座のギャラリーをまわる。
某ギャラリーのKさんはあらゆる顔を持ち合わせる素敵な人だった。
予想をはるかに超える楽しいお話ができ、
そして考えていかなければならないことがたくさんできた。
1日目に歩きすぎて、すでに足の裏が痛かったが休まずに次のギャラリーへ。
ギャラリーミリュウの諏訪敦展をちょうど定休日で見られなかったのはかなり悔いが残る。
私も病に臥す祖母を描いたから見たかった。
15時に別のKさんと待ち合わせをしていた。
お会いするのははじめてだったので緊張していたが、とてもお話ししやすく紳士的な方だった。
お茶をごちそうになり、サントリー美術館へ。
噂の六本木・東京ミッドタウン、Kさんがいなかったら私は完全にどうしていいかわからなかっただろう。
展覧会は水にまつわる作品、藍の美しさはひときわ印象的だった。
短い時間だがKさんの人柄に触れることができてよかった。
バイオリンを弾くKさんを描く絵のイメージもかたまってきた。
元気を取り戻し、六本木から表参道まで歩いたがこれは結構遠かった。
去年イタリアで酷使したキャンバス地の靴は、とうとう両方共かかとの上が破れ穴が空いていた。
足の裏もやけに痛いなぁと思って見たら、水ぶくれになっていた。
でもできるだけ電車に乗らず、歩きながら町を見たかった。
ゆいと外苑前で落ちあい、うつわ一客に行って、疲れたゆいはホテルに帰り、私はY君との待ち合わせへ。
おいしい餃子を食べながらいろんな話をした。
久しぶりに夜の深いところにもぐるような話をした。
私にとって絵はひとつの方法なのだと思う。
時代をこえて、言葉という壁をこえて、話をするための。
絵は、そのむこうに人がいてくれるからはじめて絵になる。
人の円と人の円が重なった時の温度が、私には焼き印のように刻まれていて、
そこから動くことができず、同時にその中に果てしない可能性を思っている。
それが私の残したいもので、残っていってほしいものなんだろう。
Y君と話しているとあっという間に時間は経ち、原宿駅の上で缶ビールを飲んで別れた。
この話はまた、いつかどこかでつづきを。



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by ai-pittura | 2007-06-25 18:22 | | Trackback | Comments(0)
2007年 06月 24日

東京1日目*ぶらり恵比寿と藤森建築と路上観察展

ノマディック美術館を後にし、炎天下の恵比寿へ。
駅の出口を間違えて違う方向に出たのに長い間気付かず、
縮尺が無く、通り名や目印などもあまり書いていない恵比寿の手描き地図を
どこまで信じていいのかもわからず迷いに迷う。
くたくたになって、お目当てのlimArtに到着。
思ったより小さいお店だったけど、中につまっているものは充実。
空間やインテリア、本のセレクトがとてもいい店で疲れを癒されました。
一番奥においてあった鉄のテーブルは本当に本当にきれいだったな。
そして、お向かいのtamiserへ。
小さい空間の中にところせましと並ぶアンティーク!
中でもフランスの古いガラス瓶、オランダのピューター皿にものすごく好みのものがあり
ため息が出るほど美しかった。
ただ、もちろんとても買える値段ではない。
あぁ、蚤の市に行きたいなぁとゆいと話しながら、遅い昼食をとり、ギャラリー介へ。
目印が少なく、住所の番地だけを頼りに、
民家の間をぐるぐるぐるぐる迷ってやっと辿り着きました。
介さんの空間は展覧会のイメージを作りやすい素敵なギャラリー。
もっとゆっくりしていたかったが、1日目のもうひとつのメイン藤森照信さんの展覧会を
最後に残していたため、急いで渋谷まで歩く。
山手線で新宿まで行き、京王新線に乗り換え一駅、
初台駅降りてすぐがオペラシティアートギャラリーだ。
建築の展覧会と言うと、設計図のボードや模型を思い浮かべるが、
この展覧会は藤森さんの使っている素材や建築の一部を直に体験できるリアルな場になっていた。
立体作家としての建築家の断面をできるかぎり見せてくれていて、
素材、道具からその工程までとてもおもしろかった。
藤森さんのたてものには素材に触れた時のよろこびとか、
昔基地を作った時のような昂揚感や遊び心がこもっている。
ものづくりの楽しさや、関わった人たちの笑顔やぬくもりや熱気が
そのまましみこんでいるようなたてものだから、私は藤森建築が好きだ。
展覧会を見て藤森さんにとても会いたくなったし、彼のプロジェクトに参加してみたくなった。


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by ai-pittura | 2007-06-24 11:45 | 展覧会 | Trackback | Comments(4)
2007年 06月 23日

東京1日目*グレゴリー・コルベール

b0080173_1639090.jpg東京、行ってきました。
火曜日の夜、仕事終わって、
猛ダッシュでごはんを食べてお風呂に入って
まだ濡れた髪の毛のままバス停に走り、
夜行バスで京都を出発。
ほぼ眠れぬまま、ガラスの反射もまぶしい新宿に
早朝6時前に到着。
美術館の開館までにはかなり時間があったので、
お台場へ移動し、シェルミュージアムで
F1マシンなどを見学し、
ノマディック美術館開館を待つ。
ノマディック美術館とはこの展覧会のために
建築家坂茂氏が設計した仮設の美術館だ。
鉄のコンテナを市松状に積み重ね、ほとんどリサイクルできるものでつくられているらしい。
会場の中には石や木が敷かれており、内壁は黒い幕で覆われた薄暗い空間だった。
10メートルはある高い天井から、和紙に焼き付けたコルベールの写真が吊られ
小さく震えるように揺れていた。
寄せてはかえす海のような音楽と、生あたたかい風に波打つ黒い幕が
生き物の胎内にいるような独特の空間をつくり出していた。会場に入ってすぐが象のシリーズだった。

b0080173_1930565.gif「衝撃」とは全然違う呼吸のような満ち干に包まれた。
それは、一般的な感覚からすればありえないような
人と動物のふれあいに感動したからではない。
私は何かとてもなつかしいものに触れているような感覚に
襲われていた。
なぜか象のやさしさをとてもよく知っているかのような。
それは、もしかすると自分がかつて象だった時の記憶だ。
人は母親の胎内にいる、たった10か月ほどの間に魚から両生類、哺乳類、、そして人へ
という生命進化の数10億年を猛スピードで行う。
私は、ほんのすこし前、アメーバであり、魚や鳥であり、象だった。
人の記憶の層の底辺には、その頃の記憶の化石が眠っている。
この星の上で起きた、そんな信じられないようなからくりの不思議が心をいっぱいにしていた。

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by ai-pittura | 2007-06-23 20:18 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)
2007年 06月 18日

東京計画

日々が飛び去るように過ぎ去っていくのは振り返る暇がないからだ。
最近は精神的にも体力的にもいっぱいいっぱいだ。
明日、仕事が終わったら夜行バスで東京に行く。
写真家グレゴリー・コルベールの展覧会が24日まで、これに間に合うよう日程を組んだ。
オペラシティアートギャラリーでしている建築家藤森照信さんの藤森建築と路上観察も絶対見なければ。
それから銀座のギャラリー数軒と恵比寿のアンティークショップや本屋めぐり。
少し足を伸ばして「古道具坂田」の坂田さんが開設した千葉県のmuseum as it isにも行きたい。
坂田さんの本ひとりよがりのものさしは大好きな本のひとつだ。
新しくできた横須賀美術館、鎌倉にも本当に行きたかったが今回は断念、次はきっと・・・。
今回の旅は陶芸のゆいと。久しぶりの二人旅だ。
さっき近所のカフェで出発一日前になってやっとちゃんと計画できた。
旅の記録はまた後ほど。。。


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by ai-pittura | 2007-06-18 19:15 | 筆休め | Trackback | Comments(4)
2007年 06月 13日

cammino

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先日、サン・ジャックへの道という映画を見た。
ヨーロッパにはエルサレム、ローマと並ぶ三代聖地のひとつである
サンティアゴ(フランス語でサン・ジャック)に続く巡礼路がある。
フランスを出発点とし、スペイン、サンティアゴまで続く1500kmの巡礼路で、
世界中の人が、宗教的な理由を超えて歩いている。
完歩するには2ヶ月かかり、その間、人々は仕事も生活も遠くにあずけて
ただ目の前に続く一本の道を歩くために歩く。
そう言えば、イタリア語のcamminoという単語の中には
「歩み」と「道」という二つの意味がある。多分スペイン語やフランス語も。

少し前まで私はサンティアゴ巡礼路は熊野古道と姉妹路ということぐらいしか知らず、
漠然と敬虔なキリスト教信者が歩くものと感じていて、地理的な意味でも遠い存在だった。
急に、この道が身近になったのはイタリアの友人Tが去年の夏に
2週間だが巡礼路の一部を歩いたことからだ。
彼は宗教上の特別な理由で、友人や神父さんと共に巡礼したのだが、
その後見せてくれた数々の写真が脳裏から離れなかった。
そして、この映画が公開され、私は流れる映像の中でこの道を見ることになった。
若干、直接的ではあるが最近見たものの中では一番いい映画で、
見終わった後はあったかい余韻に包まれた。
残念ながら関西の上映は全て終了。
こういう映画は短期間で終わってしまい、いつも大きな映画館ではとりあげられることはない。
関東方面は神奈川が22日まで東京は下高井戸で7月に公開される。

b0080173_12393523.jpg映画を見た数日後に、サンティアゴへの道を完歩したイタリア人Fが
今ちょうど京都にいると知り、話を聞く機会を得ることができた。
彼はこの道を歩き終え、ただ人生だけがそこにあった、と言っていた。
Fの見せてくれた数々の写真よりも、ことばよりも
Fが得たものの大きさを感じた一時だった。

映画を見て、新たな友人と食事を共にし、サバの詩のある一節が浮かんだ。
「生きることほど、人生の疲れを癒してくれるものは、ない」

1500kmの道を歩くということ、それは健康で、足さえあれば誰でもできること、
そんな一番簡単なものの中に、
一番難しくて、大事なものが隠されているような気がしてならない。
一本の線を引くこと、引き続けること。
いつかサンティアゴへの道を歩いてみたいと思っている。
でも、道はサンティアゴに行かなければ歩けないということではないはずであり、
家の扉を開けた時から旅は始まるし、
すべてのことにおいて、そのブロックを一度崩し、
また積んでいくという作業をずっと続けていきたい。


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by ai-pittura | 2007-06-13 11:52 | 風景 | Trackback | Comments(7)
2007年 06月 10日

雨の制作とギャラリー

b0080173_20532620.jpg最近アトリエはどんどん足の踏み場が
なくなってきております。
昨日に続き「海の片鱗」制作中。
今日は「海の標本」「海の化石」をテーマに制作。
今日は感情の糸が切れたかのような空模様だった。
突然、青い空からの驟雨。
雨の音はとても心地よい。
バケツをひっくり返したような大粒の雨は
家々をたたき、道路をたたき、川をたたき、、、
そのいろんな音を聞いていると
打楽器の中に入った小さなねずみになった気がした。

雨上がりの涼しい風に誘われ、ギャラリーはねうさぎの仲摩洋一展へ。
DMにもなっていた青いシリーズがうつくしかった。
そしてドローイングの方はまた是非実物を見てみたいと思った。
おとなりのスペース2で展覧会をされていた岩田朋子さんとも、いろいろお話楽しかった。
やはり、美術界、特に京都、狭し。
こうしていろんな分野の作家さんと新たに出会っていけることはうれしいことだ。
そのあとギャラリーsuzukiの吉野央子展へ。楽しみにしていた展覧会だ。
特に壁面の作品、空色の波のようなものの上を飛行機が飛んでいる作品はとてもよかった。
私にはその翼は確かに大海原を飛んでいるように見えた。
眼下の風景は動いていた。
そして、それは旅客機だったが、乗っているのはパイロットただ一人であるように感じた。
ロアルド・ダールやサン・テグジュペリの単独飛行を
かつて何度も思い描いてきた時に似た気持ちがふつふつと湧いてきた。
空を飛ぶことへの憧れと、空から見る地球への圧倒的な感動と、
そこに人の気配がないという果てしない孤独感と。
飛行機好きにはたまらない展覧会だった。


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by ai-pittura | 2007-06-10 20:53 | 展覧会 | Trackback | Comments(3)
2007年 06月 09日

海の片鱗

b0080173_142746100.jpg海を見てきたところなので、ここぞとばかりに
友人YとAの引出物制作をしている。
先日海をたっぷり眺めてきて、
イメージが徐々に形成されつつある。
彼らの忘れられない一片となった海という場所。
その断片をタイムカプセルのようなかたちで
残しておけないだろうか。
あるいは彼方から届いた漂着物。
現在試行錯誤中。
ふとPablo Nerudaを思い出した。
彼の風、島、海にまつわる詩はなかなかしっくりくる。



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by ai-pittura | 2007-06-09 14:30 | | Trackback | Comments(2)
2007年 06月 06日

海からの風

b0080173_21523722.jpg
海はまったく悲しくなるほどきれいだ。
世界中の人の涙をためたように大きくて、深くて、多様だ。
はてしないものの前に立った時、自分の存在がミジンコよりも小さくなるからいい。
普段の生活でふとつかれた時に、それをいつも思い出せるように。

太陽と海の感触と日焼けがうれしかった。
海からの風は夏のにおいがした!
あぁ、夏が待ち遠しい。

おばあちゃん、また行こうね。

海辺さんぽ
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by ai-pittura | 2007-06-06 21:26 | 筆休め | Trackback | Comments(2)