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2007年 05月 31日

貘さんの詩

ねずみ / 山之口貘

生死の生をほっぽり出して
ねずみが一匹浮彫みたいに
往来のまんなかにもりあがっていた
まもなくねずみはひらたくなった
いろんな
車輪が
すべって来ては
あいろんみたいにねずみをのした
ねずみはだんだんひらたくなった
ひらたくなるにしたがって
ねずみは
ねずみ一匹の
ねずみでもなければ一匹でもなくなって
その死の影すら消え果てた
ある日 往来に出て見ると
ひらたい物が一枚
陽にたたかれて反っていた



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by ai-pittura | 2007-05-31 22:35 | タカラバコ | Trackback | Comments(0)
2007年 05月 29日

山あるき

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昨日の午後、大文字山に登った。
山と言っても、山頂までたった466mの小さい山なんだけども。
コースは銀閣寺からと東山からの二つあるようだが、
植物観察にゆっくり時間を費やしたかったこともあり、
我が家からすぐの銀閣寺横の道から登ることにした。
相当お腹が空いていたけど、絶対「大」の字のところでお弁当を食べたかったから
行きはとにかくぐんぐん登る。
と、30分ほどであっという間に「大」三画目のしっぽの先に到着した。
木陰でお弁当を広げ、ゆっくり眼下の風景を眺めていると
山に囲まれた京都の町はつかめそうなほど小さく、
きーんと静まりかえっていて、まるで何も音のない世界のようだった。
小さなハコのような家々にそれぞれの人がいて、
それぞれの幸せや悩みがそこにつまっているということがとてもつつましかった。
腹ごしらえをした後は、山歩きの醍醐味、植物観察と採集。
そして草笛での合奏。
こういう時間から学ぶことをどんどん制作に還元していきたいと思う。
働きながら制作するようになり、もちろん実際に絵に向かう時間はがくんと減った。
そのことへの焦りや苛立ちや恐怖は少なからずあるのに、
この生活になってから、今いろんなものが見えすぎる。
制作と関係ないことなど何もなくて、すべてがつながっていて
今、見えすぎて、ありすぎて、選べなくなっている。



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by ai-pittura | 2007-05-29 19:55 | 風景 | Trackback | Comments(0)
2007年 05月 27日

送別会

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イタリア人Sが1年以上の滞在を終えて国に帰る。
私と同じ誕生日のS。
彼女のおじいちゃんも私のおばあちゃんも同じ誕生日という不思議な縁だった。
夕方から鴨川でバーベキューをした。
すぐに暗くなって、懐中電灯で照らしながらのバーベキューになったが
野菜も肉もおいしかった。
別れの時になっても、全く実感が湧かず、
それよりもすぐにまた会えるという確信の方が強かったから、今回全然さみしくなかった。
イタリアは私にとって、もうとても近い国になっている気がした。


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by ai-pittura | 2007-05-27 22:41 | 筆休め | Trackback | Comments(3)
2007年 05月 24日

場所

仕事で母校の入試説明会に出席した。
他の美術予備校や高校の先生と一緒にキャンパスツアーまでした。
よく知っている校内、慣れ親しんだアトリエ、
つい3ヶ月前までそこにいたことが全然信じられなく、
もう1年以上前のようにも感じた。
懇親会では各学科の先生が、私を見つけて
「生活どうや?」「ちゃんと制作できてるか?」「慣れるまで大変やろうけどがんばれよ。」
「お金は大丈夫か?」「展覧会はいつ?」
「俺は木金学校におるからまた遊びに来いよ。」
などと次々に声をかけてくれ、それはなんだかしんしんと響いた。
生活、、、しんどいこともたくさんあるけどふんばってます。
制作、もちろんそれがいつも真ん中にあります。
お金、、、、、なんとか。
展覧会、来年の個展が決まりそうです。
また顔見せにいきます。
ここはたしかに私の母校なのだ。
今は、私が大学生活を夢見る高校生たちを送り出していく立場にある。
彼らにもそんな母校ができますように。
そして私たちの予備校もそんな場所にしていきたい。



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by ai-pittura | 2007-05-24 22:50 | 風景 | Trackback | Comments(0)
2007年 05月 23日

若冲展

b0080173_16233249.jpg月曜日に、東寺の市でくたくたになった後
夕方最終入場ぎりぎりに相国寺承天閣美術館に駆け込んだ。
ものすごい人でほとんど何も見えないという噂の
恐怖の伊藤若冲展だ。
私は混んでいる展覧会ほど苦手なものはない。
どれだけすばらしい絵が出ていようと、
心しずかに見ることができなければ、作品と対話することは困難だ。
しかし、閉館間際は大正解。
会場までの通路で見終わった人たちの長い行列とすれ違い、
ぞっとしていたが中に入ると第1室は絵の前に2、3人いる程度。
過剰なガラス張りには少々げんなりしたが、薄暗い照明の中
見たかった葡萄図を心ゆくまで鑑賞できた。
第2室の動植綵絵はまだ混雑していたものの、
閉館間際にショップが閉まるというアナウンスと共に人は減り、
全ての絵をじっくり見ることができた。
若冲はこの動植綵絵や釈迦三尊像を両親や兄弟、自分自身の
永代供養のために描いた。
葡萄図をはじめとする襖絵の空間の抜き方からは考えられない
動植綵絵の息苦しいほどの構図と色。
それはまるで、この世の美しいものすべてをあの世に持っていこうと
するかのような激しさと切実さがあるように感じた。
動植綵絵の中では池辺群虫図(写真)と蓮池遊魚図、貝甲図、そして郡鶏図がよかった。
小学校の頃か、郡鶏図を模写したことをなつかしく思い出した。



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by ai-pittura | 2007-05-23 15:47 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)
2007年 05月 23日

憎いアイツ

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一昨日、ゆいと東寺の骨董市に出かけた。
その日はカンカン照りで二人ともへとへとになるまで一軒一軒見て歩いた。
やっとありついたたこ焼きとビール、うまかったな。
この日はかなりの収穫ありで、土の中から掘り出したようなガラス瓶やきれいな木を買えた上に
トランペット(というかラッパ)まで手に入れることができた。
以前、違う店で目をつけていた古い軍用ラッパがあったが、
相当高かったのであきらめていた。
それに比べると少し重みが足りないが、
この見事なまでにシンプルなフォルムの美しさはすごく好きだ。
しかし、こいつが曲者。私は金管経験ゼロ。
だが、音を出すだけでこんなに難しいとは!
ピアノは鍵盤をたたけばいいし、琴やギターは弦を弾けばいいし、
アコーディオンやバイオリンだってきれいでなくとも音は出せる。
それなのにこいつは音すら出せないのだ。
よくわからないままヤミクモに吹こうとしてみても、スースー。
吹き方を調べてみて、にやっと笑った口で息が漏れないように唇を振動させ、、、
振動させるコツが少しわかった気がしてやっと音がでた、と思いきや
プォーという力が抜けるような情けなく小さな音。
唇はかゆくなってくるし腹筋は痛いし、誰かコツを教えて下さい。
とにかく今は何もできないので、描いて描いてとりこんでやる。
私は世のラッパ吹きを見る目が変わった。
はじめからこんなハードルを背負って、そんな音を出せるなんて。
マイルス、あなたがこれを吹いたらどんな音が出せますか?


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by ai-pittura | 2007-05-23 14:07 | タカラバコ | Trackback | Comments(2)
2007年 05月 20日

連続する断面

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最近、かなり忙しい。仕事と、見たい展覧会が多すぎて。
レビューを書こうと思いながら全然追いついていない。
昨夜、友人Aのインスタレーションを見るため、木屋町のUrBANGUILDへ。
UrBANGUILDの空間は何かの写真で見てから気になっていたし、
何より私はAのTIME PAINTING(オーバーヘッドプロジェクターを使い、
そこに透明のインクや油を流し込み、壁に投射するインスタレーション作品)を
ライブで見る日をかなり前から楽しみにしていた。
彼は様々な音楽家とコラボレーションしていて、今回は六弦琴さん、太田泉さんとツアーをしている。
このライブについて解説じみた感想はまったく必要ないと思った。
インスタレーション中、マバタキを忘れたし、最後の方は壮絶ですらあった。
空間も壁もすばらしかったし、Aらしかった。誇りに思う変な友人のひとりです。
また今度、違う空間で見る日が楽しみだ。
会場では今、日本に遊びに来ているチェコ人SやYとも再会でき、
久しぶりのなつかしい空気に触れられたような感じがすごくうれしかった。
あと東京のYくんがいれば完璧だったなぁ。

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by ai-pittura | 2007-05-20 16:59 | 人間 | Trackback | Comments(10)
2007年 05月 16日

イタリアの蚤の市から vol.4

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イタリアの蚤の市で絶対欲しかったものの中に懐中時計がある。
しかし、気に入ったものは本当に高く、とても買えなかった。
今回はあきらめようと思っていた時、Veneziaの蚤の市でこの懐中時計に出会った。
ガラス板は取れ、時針と分針は剥き出し、秒針は欠損、裏のカバーも無い。
でもあまりにきれいで私はすぐに気に入った。そして、格安!
私はものの構造が見るのが好きだ。
この時計はゼンマイを巻いても二番車でストップしてしまい、動かないが
奥の歯列まで観察でき、胸が躍る。
今日、科学や技術に関する、山田慶兒さんの「制作する行為としての技術」という本を読んだ。
人類の特徴の中には、言語において未来や過去、抽象的なものや虚構も取り扱うことと
一回性のものではない、反復性をもつ道具、そして道具をつくる道具の制作がある。
そしてこの両者を結びつけるものは想像力なのだ。
道具の多様化と特殊化を推し進めたのは旧石器時代の最後、
ネアンデルタール人を含むホモ・サピエンスだった。
そして、この時期にアルタミラやラスコーの壁画が生まれているのだ。
つまり言語の役割を大きく担う芸術と道具は同時に発生した。
これは認識、制作、表現という行動が現れたということであり、
科学と技術と芸術が時を同じくして発生したということだ。
そして、その3つの言葉から連想される人物、それはレオナルド・ダ・ヴィンチなのだ。



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by ai-pittura | 2007-05-16 22:24 | イタリア | Trackback | Comments(4)
2007年 05月 14日

イタリアの蚤の市から vol.3

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Bolognaの蚤の市で、鉄きれやスプーンや古本とごちゃまぜになってガラス板の写真がつっこまれていた。
傷つけないようにそっとすくいだして、持って帰ってきた。
時々、それを日にかざして遠い時間を旅する。
左の写真は線路と鉄道坑夫たち。
下の方はかなり消えかかっているのだが、
後ろの木々のシルエットははっとするほど美しく、
その輪郭と空の部分のセピア色がなぜか私には星空のもみの木に見え、目が熱くなる。
右の写真は布にくるまれた赤ちゃん。
ストライプのソファの上に置かれ、ちょっと驚いたような表情。
横には鉢植えの植物、後ろは多分大きな窓。
私は写真にあまりくわしくないのだが、これはコロジオン湿版写真が進化したガラス乾板だろうか。
とすると、1900年代前半〜後半の写真ということになる。
(もしどなたかくわしい方がおられましたら教えて下さい。)
映像があふれる今と100年前、写真のありかたはずいぶん変わっただろう。
私もデジカメを手放せない生活をしている一人だが、
記憶というものは本来このような写真のありかたとなんだか似ている気がするのだ。

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上の写真は影。
こちらが実物。



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by ai-pittura | 2007-05-14 13:29 | タカラバコ | Trackback | Comments(10)
2007年 05月 11日

もりだくさん

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今日は長い一日でした。
朝、絵を描きあげて、久しぶりに母校造形大へ。
すっかり模様変えして開放的になった日本画研究室や大学院に驚き、
先生や後輩と話しているとあっという間に時間が経ち、
気づいたらイタリア語の授業に遅刻!あわてて自転車を飛ばし、イタリア会館へ。
今日は接続法の勉強で、またまた新しい動詞の形に怖じけづきながらも、
これを覚えたらぐぐっと会話の幅が広がるのでやる気は十分。
とにかく使って使って覚えていくしかない!
授業の後、祇園にある浮世絵・木版画のお店、市村一房堂さんへ。
ここは摺師、市村守さんの仕事場兼お店で、先日イタリア人TとAが市村さんと親しくなり、
摺を体験させてもらうことになったので私も!と便乗したのだ。
外国人に木版の摺師さんを紹介してもらうなんてどうも立場がすっかり逆だ。
写真は市村さんの仕事場だが、ここには木版画に興味を持つ外国人が後を絶たないという。
そういう意味でここは人種のるつぼであり、市村さんとの話はとにかく面白かった。
その中のひとつは、日本人は折り紙を机の上で折るが、ヨーロッパ人は空中で折るという話。
そう言えば、イタリア人はみんな空中で果物や野菜を切っていて
まな板を使わないのに、ナイフ使いが異様にうまくて驚いたことを思い出した。
これは日本における平面性とヨーロッパにおける空間性ということに通じるだろう。
そして、木版画の多重摺りというのはやはり水の文化である日本だから生まれたものだということ。
話は尽きず、楽しかった。絶対また行こう。
なんと言ってもこの店のうたい文句がいい。
「朝起きたら開店します。夜寝ないといけなくなったら閉店します。
 もうたくさんだという時も店は閉まっています。」
長居しすぎてもうたくさんだと思われてはいけないので、
次の機会を誓い、京都国立近代美術館福田平八郎展へ。
金曜日は開館時間が20時までで、人もまばらでゆっくりと鑑賞することができた。
そんな中、2人も知り合いと遭遇。やはり京都はせまいというか行動パターンが似ているというか。
私にとって良かったのは漣、雨、そして柿の葉のスケッチ。
平八郎さんが無類の釣り好きだったことは有名だが、やはり水の表現は秀逸だ。
夕方、市村さんと話した平面性についての話や日本画、自分にあるもの、ないものなど
かみしめながら見ることができた。
美術館を出て、ゆいと大衆居酒屋あけぼのへ。
二人ともお腹を空きに空かしていたので、食べまくって少し飲んだのに安かったなぁ。
こぎたなくて(私にとってはほめ言葉)、小さくてカウンターしかなくて、
みんなテレビで流れている阪神戦に夢中で、おふくろの味。いい店だった。
それからまた場所を変え、しゃべりたおしてカフェラテにて一日をしめました。
今日はいろんな人に会えて、最後はゆいといつもの流れ、なんだかとても楽しかった。
さぁ、明日は朝から仕事だ。


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by ai-pittura | 2007-05-11 23:19 | 人間 | Trackback | Comments(2)