ふりつもる線

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カテゴリ:筆休め( 49 )


2014年 12月 30日

2014年

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わこちゃん、ゆいが来てくれて、おでんで忘年会。久しぶりのおでん美味しかったなあ。
じゅんもようやく今年最後の窯焚きが終わり、野札(花札のようなもの)に興じ、急にお正月気分がやってくる。

あと2日で今年も終わる。
はやかったなあ。
年内に区切りまで進めたかった100号がようやく落ち着き、
あとは少し寝かせて眼をあたらしくするところまで進んだ。
途中、おおきな分岐点があり、はじめに思っていた色とは違う方向に舵を切った。
イメージをなんとか表出させるために、色の選択は重要だけれど、
はじめから決めすぎると絵の声が聴こえなくなる可能性がある。
少しずつあらわれる絵に対して、ひとすじの道を歩きながら
どれだけ柔軟に対話できるかをもっと大事にしなくてはいけないと思う。
おおきな絵を描くと、足りない部分が顕著にあらわれる。

今年はグループ展が9つ、個展がふたつ(内ひとつはドローイング展)、
発表させていただく機会がつづき、立ち止まることも少なく、ひたすらに描いた一年だった。
夢中で描きつづけるなかで見えてくることはたしかにあるけれど、
物事をじっくり見つめること、そして自分なりにかみしめる時間が
来年はもっと必要であることを切に感じた。
何事もゆっくりとしか手繰ることのできない私にはことさらに。
来春の個展まではもう少しこのペースで集中し、
そのあとはひと呼吸置こうと決める。

ただただものを見つめ、自分のなかで発酵させる時間を大事にしたい。
描こうとするものを、一日じっと見つめる日をつくろう。
新たな素材にも描く実験をしたいし、
ドローイングの枚数も重ねたい。
モチーフと過ごす時間、そして内側におろす時間、すこし間をあけてその横に立ち、
もう一度底から引きあげる時間、その流れそのものが描くこと(私にとってこの世を知ること)なのだと思う。

歩み遅い私を見守ってくださる皆様に感謝しています。
本年もお世話になりありがとうございました。

どうぞよいお年をお迎え下さい。

忠田 愛


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by ai-pittura | 2014-12-30 00:48 | 筆休め | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 01日

to float on the water

苦戦しつづけた100号の制作が終わった。
祖母の空気を描きたいと思い、しかし視覚や細部にとらわれたことで伸びやかさを失い
最後まで立て直すことができなかった。
人物を描くことの難しさを改めて知る。
でも、この苦い思いは必ず次へ。


区切りがつき、晴れやかな気持ちでK君、Nちゃん、ジュンと湖へ。
照りつける太陽、むせかえるような緑、うつくしい湖面にさらに特別な親しみをもって、
そう、今日はカヌーをレンタルしに来たのだ。

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Wooden Boat Centerの俣野さんたちが作られたうつくしいカヌー。
流線形の究極のシンプルなかたちに見惚れてしまう。
まるで鯨骨を見ているようだ。
水辺にカヌーが在るだけで風景がどこまでもかぎりなく広がっていくようで。

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とても静かだ。
お借りしたカヌーは17フィート(5m強)で安定感も抜群。
櫂を繰る。二人の場合、前の人はひたすら漕ぐエンジン役、後ろは舵取り。
慣れるまでは息が合わず、行きたい方向になかなか曲がれずジタバタするも
少しずつ感覚がわかってくる。
一定の距離を保ち、近づきすぎると逃げるオオバンを追いかけ、
魚礁の間をすり抜ける。
時々飛び跳ねる鈍色にひかる魚と優雅に水上を飛ぶサギ。

漕ぎ疲れた手をふと休めた時の静寂のふかさと、身体を吹き抜ける風の心地よさと。

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水、かたちがない。
やわらかくすり抜けてゆくのに、それでいて面で押せば強く押し返される。
川、湖、海、
水の傍にいるとこんなにも心がほどけていくのはどうしてだろうか。
伸びやかでおおらかだ。そして畏れも抱く。

水とカヌーと私たちと
どんどんその境界がぼやけていき、
空に浮かんでいるような眠気に包まれる。
いつも日々を、描くことを支えてくれるのはこういう時間だと思う。
ここ数年言い続けている、
いつかカヌーかカヤックを手に入れたい(もしくは自作したい)という夢がどんどん大きくなっていく。

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書き言葉以前の時代から、人々は水辺に住んで様々の舟を作ってきました。
水辺の数ほどの舟が作られ、行き来の中で混ざり合い洗練されてきました。水が形を整えます。
だから世界中にこんなにも多くの種類の舟があるのに、その基本の部分はとても似通っています。
そしてその多くは一人から数人乗りの木の小舟です。

続きはコチラ

これは舟をつくっておられる俣野さんのことば。
水が舟の形を整える
というそのことばにじーんとしてしまう。
そう、そんな風に絵を描いてゆきたいなと思う。
(見えないけれど)白い画布のなかにすでにある絵を、引き上げられるように。
描くというよりは、そこにあるものに手を添えるように。

はじめてお会いした俣野さんは、舟のことを話し出すと百科事典のようにあらゆることが溢れ出し、
頭はくるくると回転しもう止まらなくて、きらきらとひかる目が印象的で
とっても素敵な方だった。きっとまた、近いうちにここに来るだろう。
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by ai-pittura | 2014-06-01 23:47 | 筆休め | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 22日

片付け

個展がはじまり、ほっと一息つくも引っ越しまで一ヶ月となり、アトリエの片付けをはじめる。
昨日は一日中奮闘するも遅々としておそろしく進まない。
生活のものは本と古道具以外とても少ないのだけれど、
アトリエのものはどうにも多く、かといってほとんどが必要なものなので困ってしまう。
なんとか身軽でいたいものだ。
歩歩琳堂での個展が終わったら、車ですこしずつ荷物を移動させ、クリスマス前に完全に引っ越しする。
冬のあいだはゆっくり荷物を整理して、野外制作できるよう軒をつくって、家を補修して・・・。
落ち着くまでまだまだずいぶんかかりそうだけれど、
身のまわりを整えて、生活環境をつくる、筆休めの大事な時間でもある。
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by ai-pittura | 2010-11-22 22:04 | 筆休め | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 18日

小休止

b0080173_2255073.jpg日曜日、ベランダから大文字の送り火をしみじみ見る。
この家から見るのも今年が最後。
送り火には独特の空気感がある。
天に向かう火。
ぽっぽっと火が灯ってゆき明々と燃える。
そして小さく点のようになってゆき消えるときの静けさ。
人の生と死を思う。

五山の送り火のこと→click


最近、制作の調子がよくない。もやがかかっているようだ。
クリアーな時があれば見えない時もある。
晴れの日があれば雨降る日もある。当たり前のこと。
わこちゃんが貸してくれた映画をみる。
『かもめ食堂』と『めがね』、どちらも食べることや何気ない風景をとても丁寧に描写した映画。
あたたかい気持ちになった。もたいまさこ、絶妙ですよ。
『めがね』サクラさん豆を煮ながらの一言。
   大切なのは焦らないこと
   焦らなければそのうちきっと
ふと思う、荻上監督が都市を舞台に映画をつくるならばどんな風になるのだろう。

大好きな高校野球を何試合かテレビ観戦。
前はよく甲子園に行っていた。
甲子園の前まで行ってチケットが完売で、途方に暮れていたら出場高の人がチケット分けてくれたり。
アルプスでの観戦が大好きだ。
学生たちや球児の親戚ともみくちゃになって応援歌をうたったり踊ったりの。
高校野球も残るは3日。
今日の聖光学院と興南の試合にも胸が熱くなる。
甲子園という夢のなかで、その晴れ舞台から姿を消すことはとても悔しいことだけれど、
昼間号泣していた球児が、夜晴れやかな顔で大口あけてごはんをかきこんでいる姿に励まされる。
高校野球のすがすがしさはいつも格別だと思う。
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by ai-pittura | 2010-08-18 22:48 | 筆休め | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 01日

半夏雨

b0080173_1864138.jpg遠雷、
雨よぶ風、
バラバラとはぜるような大きな雨粒ひと時。
雨雲の向こうからは熱気と夏に向かう太陽。
7月がきた。
パネルに麻布を貼って下地を塗る日。
最近スクエアサイズにハマっている。
汗ふきだして作業するその向こうで
タガネはゴロンゴロンのウダラウダラ。

ワールドカップはサッカー好きのジュンの影響もあって日本戦すべてを含むいくつかの試合を観戦。
パラグアイ戦の余韻はやっぱりいまも残っている。
どちらも一歩もひかず、それぞれが自分のやるべきひとつひとつに向かう渾身の姿に
目頭が熱くなる。
すがすがしい気持ち、岡田ジャパン、パラグアイ、他国のチームもありがとう。
ワールドカップ、やっぱり面白い。

6月末はゆい、藤井夫妻、身近な友人がちょうど同じ日に引っ越し。
それぞれの前の家、何度も遊びにいったり泊まったり、思い出深くてちょっぴり淋しい気持ちに。
それでも不思議なもので、物を運び入れた途端あっという間にその人の家になる。
まるでずっと前からそこにいたように、匂いまで。
藤井夫妻の越した家には素敵な縁台がある。鯉の池を前に木々に囲まれてお月見ができる。
長刀掛けがあったりで建具が本当に渋い。
ゆいはうちから歩いても3分位のところに引っ越してきたから
アテをお皿にのっけたまんま持って遊びにいった。なんてらくちん。
窓からは大きな大文字がみえる。
収納上手のゆいらしくきれいに整頓されて、お気に入りの植物たちも絶妙の配置。
私が引っ越すまであと半年くらいはものすごいご近所さんだ。
友人たちの引っ越しを目の当たりにして、うちも一気に引っ越しが現実的になる。
秋には個展や〆切やで猛烈に忙しくなるのは間違いないから
今からちょっとずつでも梱包して準備をはじめないとえらいことになる。
猫の手も借りたいくらいだが、タガネには手を貸しっぱなしで借りるなんてとても無理そうである。
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by ai-pittura | 2010-07-01 18:15 | 筆休め | Trackback | Comments(2)
2010年 06月 13日

筆休め

b0080173_23223181.jpg仔猫の成長は驚くほどはやい。毎日新たな悪戯をみつけ、行動範囲を徐々に広げてゆく。
ネコジャラシに気が狂うほどよろこび、穂をくわえたままフニャーウニャーと
聞いたことのないような鳴き声。
我が家に来て三週間弱で体重はかるく二倍をこえ、目に見えて大きくなっている。
まだ爪研ぎを覚えるにははやい年齢なのでど爪は鋭くとがっているし、
じゃれ噛みにもどんどん力が入って、こちらは生傷が絶えないけれど
あおむけで無防備に眠るすがたは本当に微笑ましくて力がぬける。
ジュンはタガネに首ったけでかなりの溺愛ぶりである。

個展が終わって、疲れも出たけれどたっぷり睡眠をとって元気になってからは
たまった用事をすこしずつしながらあちこち駆け回っていた。
神戸、センゾー先生の個展ではいつものメンバーとともに
久しぶりのセンゾー節と熱燗、後はクアハウスの寝湯で湯治。
翌日、タガネを見に来てくれた友人とランチ、そして久しぶりに田中美穂植物店コーヒショップ
植物と古道具と珈琲、素敵な取り合わせで大好きなお店。

ほんの二畳ほどの小さな店内に植物や拾ってきた実や虫や古道具がところせましと
並び、ひとつひとつ見ていくのは宝探しのような気分になる。
来冬、居を移したら地植えでたくさん木や花を植えるのだ。
どんぐり、いちじく、あやめ、小さな桜も植えよう。それからハーブを山ほど。
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琵琶湖の一番北の、浜ちかくにすむWちゃん家に小旅行。
若葉の桜並木を抜けた先に入り江のようにくぼんでいるその浜はとても穏やかで
左右をゆるやかな山の緑に囲まれたその先に、白い水平線が空と溶けあっている。
藻の匂いからか、そこは湖というよりも海を思わせ、
凪の水面としずかな広がりを見ていると、かつて一人旅したしまなみ海道の
大三島や生口島の浜を思い出した。
Wちゃんはキャッチボール仲間であり、久々に二日つづきで存分に投げる。
私はもう筋肉痛で身体中ビキビキ。普段からもっと運動したいなあ。
                 (写真→   反射光軽減策のWちゃん)
夜はほたるを見に連れていってもらう。暗くなるにつれて少しずつ増える螢火。
我が家のちかくのほたるよりずいぶん大きくてふわーんとゆっくり飛んでいた。
田の道は蛙の合唱、そして満天の星空、浜でまたビール。
夜はどこまでもしずかで、灯りの少ない黒はとても豊かだ。
そして久しぶりの工房。海外注文してもらっていた版画の道具が届いていた。嬉しい!
切れ味抜群。ここしばらく進みの悪い版画、思い切って動かすためにも二版目に入る。。
たくさん遊んだことだし、絵も版画も次の個展に向けて苦しく、楽しい制作のスタート。
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by ai-pittura | 2010-06-13 00:17 | 筆休め | Trackback | Comments(4)
2010年 03月 03日

休む

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体調崩し気味。体をやすめる。
見たいもの、とはまだ見ぬ先にあるものではなく、今ここにあるものの中に、
そして見てきたものの奥に、実はあるものなんだと。
だからふりかえること、その中で気づかされることが何かのヒントになったりする。

旅の記録もチョット更新。
冬に思い出す真夏の南イタリアっていいもんだ。
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by ai-pittura | 2010-03-03 16:52 | 筆休め | Trackback | Comments(4)
2010年 01月 06日

新年

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新しい年と、今日29歳の誕生日を迎えて静かに思うことは
邁進を掲げていた以前とは変わり、立ち止まること。
もどかしくとも立ち止まって見えてくる風景をみること。
どんな時も誠意をもって向き合えるよう、
時間の制約やまわりの音に心惑わぬように。
この家に住むのもいよいよあと一年と少し。
次住むのはどんなところだろうか。
今年は家探しの年、どこかにいいご縁がありますように。
身辺の整理をする。必要なわずかなものだけを持ってゆこう。
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by ai-pittura | 2010-01-06 10:47 | 筆休め | Trackback | Comments(8)
2009年 12月 09日

香りの色

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小ぶりの柚子をいただいた。
手のひらにおさまる小さな丸を湯船に浮かべる。
以前にも書いたことがあるだろうか、我が家はお風呂に灯りがない。
理由は、スイッチのある壁ぴったりまで冷蔵庫が押し迫っていて手をいれることが不可能ということも
あるけれど、改良して電気を点けようと思わない。
薄闇の中で湯の温度が沁みてくると共に何かがほぐれていくのがゆっくりと感じられる。
考えていることが何となく頭から切り離されて、目の前にモクモクと浮かぶ時がある。

闇の階調に慣れるまでのあいだ、目を閉じていると、柚子の香りが強く立ち上ぼる。
その数瞬後、陽の光をそのまま写したような黄色が体に入り込んできた。
ものには、そのものがとてつもなくそのものらしい瞬間があると思う。
視覚を奪われてはじめて、それをまざまざと感じることがある。
少しずつ目が慣れて灰色の中にもののシルエットが浮かんでくる。
いくつかの柚子が湯船の端で列になったり弧を描いたりしている。
アルミのたらいの端がぼんやり白く光っている。それはとてもやさしい。
夜はすべてを等しく墨色のなかに落とし込む。ものとものは同化して禍々しい個性は消えてゆく。
その時初めてものが持つ本当の姿がうつしだされるのかもしれない。
仕事帰りの短い夜の散歩と、灯りのない(そして時々ローソクの)お風呂の時間が好きだ。
時間と空間がとてもゆったりとそこにある。

裸電球の灯りを大事にする友人夫婦の家がある。
その人のつくる料理は本当においしいんだけれど、
さらにその灯りの下で食べる時、よりあたたかい気がするのは
料理そのものを素直に引き出す空気があるからなのかもしれない。
夜を夜らしく、朝を朝として迎えること。
そんな単純なことをどれくらいできているだろうか。
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by ai-pittura | 2009-12-09 02:36 | 筆休め | Trackback | Comments(4)
2009年 12月 05日

一段落

b0080173_01625.jpg諸々の〆切が一段落してホッとひと息。
明日は版画工房、気合い入れていこう。
イタリアの旅日記チョット更新しました。
まだヴェネツィア、この後南イタリア、シチリアとまだまだゆっくり続きます。
写真はこの前東京に行った時、インターから見た富士山。
空気が澄んでいて気持ちよかった。
富士山、今度は頂上まで登ってみたいよ。

ひとつ告知を。8〜13日まで東京、SUNDRIESにて友人が個展をします。
彼の写真のなかは静かに流れる時間があって
見終わったあとはしんとしたものが残るいい写真だなあと思います。
お近くの方がおられましたら是非ご覧下さい。
"Delay" 芦田陽介 写真展
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by ai-pittura | 2009-12-05 00:16 | 筆休め | Trackback | Comments(2)