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カテゴリ:版画( 14 )


2013年 04月 16日

Richard Davies

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リチャード・デイヴィスという版画家を知ったのは、数年前の歩歩琳堂の絵画祭りだった。
壁一面に並べられた作品のなかで、彼の版画に吸い寄せられた。
少し目を離すと、また見たくなった。
Autoportrait、彼の晩年の自画像だった。
それからしばらく時間が空き、今回ある方のお宅で彼の版画二点に出逢った。
私は再び、数年前のその時以上に不思議な感覚にとらわれた。
うまくいえないけれど、彼の作品を見ていると、
人生を、生きていて死んでいくということを、とても遠いところから俯瞰しているような感覚になる。
そして、海のようにやわらかくて大きなもののなかで揺れ、眠りに落ちるときのような安堵感に包まれる。
哀しみを包んだ幸福といえばいいのだろうか、
それはとてもやさしく、懐かしい。
こんなにも光に包まれた深い黒を感じたのは、彼の版画がはじめてだと思う。

いつか、彼の作品を手に入れることができればと思う。
毎日、彼の版画を傍らに暮らしてみたい。

リチャード・デイヴィスを見ると、改めて銅版画がしたいと思う。
私にとって銅版画の一番の魅力は白がひと削りで黒になるところだ。反対も同様。
つまり、版に傷をつけた部分が黒くなるが、そこをもう一度フラットにすれば白になるという点。
黒は同時に白であり、闇は同時に光であって、同じものの両面であることが
こんなにも端的に表現され得る素材であるということ。
版画はとてもシンプルで多くの可能性を秘めていると思う。

今回、個展中、「もう版画はしないのですか?」という質問をたくさんいただいきました。
お会いした方にはその都度お話していたのですが、
実は滞在制作をさせていただいていた銅版画工房が、その後ご事情で工房を休止されており、
今は銅版画の制作はできていない状況です。
銅版画が制作できるチャンスがあれば、また再開したいと思っています。
気長にお待ちいただけましたら嬉しいです。

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by ai-pittura | 2013-04-16 23:25 | 版画 | Trackback | Comments(8)
2011年 05月 15日

銅版画×軸装

b0080173_2321816.jpg7月に参加するグループ展、日本画の試み×表具師栗山知浩氏の打ち合わせ。
日本画の試みということだが私は銅版画の軸装を試みる。
まずは色のイメージを伝え、持ってきていただいた裂地(写真はほんの一部)
のなかから合うものを選んでいく。
軸装といってもそのスタイルは様々で(参考)選ぶのが大変、
私は版画が一版のシンプルなものなので、
一文字も風袋もなしの一番あっさりしたものにしたが、
柱や本紙の上下の長さ、比率まで全部決めるのでイメージするのが結構難しい。
今日、打ち合わせに作品を持ちよったメンバーは8人だったが、
それぞれ全然違った軸装になりそうだ。
この栗山知浩さん、
普段はご住職でもあるのだが、生地にかなりこだわりを持っておられるので
7月の出来上がりがかなり楽しみだ。
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by ai-pittura | 2011-05-15 23:15 | 版画 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 22日

"犬"の変遷

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"犬"は初めて銅というものを思い切り身体に受け、12日間の滞在制作のなかで2回の徹夜を経て
朝から晩まで取り組ませてもらった版画だった。
以前も書いたけれど、銅版上の見えかたと刷った時の見えかたの違い、反転した時の印象の違い、道具の使い方から
腐蝕の効果など何もかも全くわからず、
とにかくまずはやってみて知ることだった。
そのために、刷師の藤井さんは"犬"ができあがるまでに、いま思えば通常では考えられない25枚という
大量のTrial Proofを刷ってくれた。
また常に刷師と作家のコミュニケーションを大事にしてくれ、
私自身の制作のありかたについてもじっくり話して来た。
それは、大抵のことは言葉があまり必要でなくなった今でも変わることなく、
版の状態やエディションの刷りやすさのことを度外視しても、版にむかう意味を尊重してくれている。
そんな訳で、私はただ目の前のものに集中させてもらい、
結果私の版の多くは無数の微妙な凹凸から成り立ち、あるいは湾曲し、あるものは角がボロボロで、
自分で刷ればモノタイプの1枚を刷るのでさえ困難な複雑な版になっている。

藤井さんという刷師は、湖に浮かんだ小舟から糸を垂らす私に同乗してくれる釣具師であり、助産師のようでもある。
いま、自身の個展で版画の前に立った時、あらためてそれぞれの版画の経過がくっきりとよみがえり、
愛さんの版は刷師泣かせと藤井さんは笑うが
深い忍耐のなかでエディショニングしてくれる藤井さんの懐の広さにしずかな感謝を思う。

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by ai-pittura | 2010-11-22 18:34 | 版画 | Trackback | Comments(2)
2010年 10月 01日

ただいま

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銅版画工房カプラムマニアにて二週間の滞在制作が終わりました。
そのあいだ、季節は日ごとにうつりかわって、もうすっかり秋。
三度目の滞在制作は偶然にも、はじめて滞在制作をさせていただいた昨年と全く同じ時期で
ひつじ雲、秋桜、あっという間に燃え広がる彼岸花や空を洗う風、、、
流れる季節の片鱗が肌にふれる度、昨年の断片が鮮やかによみがえってきた。
刷り師の藤井さんと銅版画に取り組みはじめて一年。
制作の方法やアプローチもすこしずつ変化してきたし
そのなかではあらゆる連鎖をいつも感じさせられてきた。
今回は藤井さんが提案してくれた早寝早起きプランを最後までつづけることができた。
まだ制作したい時も、どんなに焦りのある時も19時には制作を切り上げる。
ゆっくりお風呂に入って、ゆっくり晩ご飯を食べて夜23時には寝る。
しっかり睡眠をとって朝6〜7時に起きて、ちゃんと朝ご飯を食べて工房に出かける。
疲れていなくても休むときは休み、やるときはやる。
日々切りかえることの大事さと、休む(離れる)ことで整理されるものを教えられた。
疲れを気力でカバーして気づけないことが多い私にとって、
その生活のなかで体感させてもらったものはとても説得力のあるものだった。

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そして、制作はいつもみゆみゆの作ってくれるごはんに支えられていた。
世の中においしいものはたくさんあるけれど、本当に心にしみこむものをつくる人はとても少ない。
それは生活に根ざしているものでありその人の地面につながっているもの。

本当にありがとう。

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工房にむかう道
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朝の工房
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近くの高台から望む琵琶湖


たくさんの出来事のなかで感じたことが胸を去来する。
できることをすこしずつ。
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by ai-pittura | 2010-10-01 13:17 | 版画 | Trackback | Comments(4)
2010年 04月 25日

b0080173_215756100.jpg田に水が入る。
水の上に雲が流れてゆく。それを見るのがとても好きだ。
野の花が咲き乱れ、若葉が芽吹く。夜、蛙の合唱がはじまる。
冬オリオンを見上げた位置にいま北斗七星。
毎週、版画工房に行く度ちがう風景に、季節の変化を感じる。
ナノハナと一口に言えど水菜の花、白菜の花、アブラナの花は
全然違うこととか、いつもそこには新鮮な驚きと喜びがある。
些細なことを知りたい。
いつも食べている野菜がそれぞれどんな花を咲かせるのか。
飛んでいるあの蝶は幼虫の時、何の葉をたべて育ったのか。
夏に向かって雲はどう変化するのか。
トンビの舞う高さは季節によって違うのか。
版画の腐蝕待ち時間のなかではそんなことに夢中になる。

冬からはじめたキャッチボール。
一から足、腰、肘、手首、バラバラの意識をつなげてゆくこと。
その点がすこしずつつながってゆき、ボールが走った時の何ともいえない爽快感と
ギューンと伸びる相手の球を受けた時の、グローブが弾けるような音と手のシビレ。
投げる。受ける。とてもシンプルだ。会話より筒抜けだったり。
ひとりとひとりだけがいて。
息があがってくる。腕が下がってくる。
疲れて休みたくてもつづけるなかで、ふっと何かが抜けたようになる時。
そうなるまでにとても時間がかかるけれど。キャッチボール、すっかりハマってしまった。

このごろ絵を描いているとき、交互にあらわれるのは
版画に、自然に、キャッチボールに、教えられ、気づかされていること。
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by ai-pittura | 2010-04-25 23:33 | 版画 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 28日

版画制作は最近苦しい時間がつづいている。
左右の逆転、版で見ている状態と刷った状態の差、顔の表情や陰影の違和感、その距離に悩まされ
絵でならすぐに終わるところを何日も何日も行きつ戻りつしている。
器用にはできず、遠回りで、でもそれを版画でもやってみようと思うのは
私にとってはどうしようもなくそこに見たいものがあり
すべきことだと感じているからとしか言いようがない。
技術も経験による勘も、多く足りない今だからこそ露呈するものを手繰ってみたいと思う。

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工房のワコちゃんが福井までドライブに連れていってくれた。
岩にのぼって冬の日本海の音を聴いて、敦賀名物のカツ丼を食べる。
琵琶湖の輪郭をなぞる湖岸道路からみる風景はいつも美しい。
比良の山と湖がつくる雲はいつも特別で、そこからさあっと射す光をずっと見ていたくなる。
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by ai-pittura | 2010-02-28 23:40 | 版画 | Trackback | Comments(4)
2010年 01月 31日

版画工房での日々2

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PHOTO by Akihito &Miyuki Fujii

銅版画工房カプラムマニアにて二度目の滞在制作を終え、
凝縮されたようにあらわれたものを毎日のように反芻する。
それぞれの役割が前回よりはほんのすこし手に馴染んだ道具たち。
何かと何かの間を綱渡りするような手探りのなか、すこしだけ近づけた時、束の間のよろこびと
次の瞬間投げられた石の波紋に傾く自分。
押す力と引く力と、ジグザグに曲がりくねった道のなかで
まだまだ形にならなくても版に向かうことの大きな大きな意味を感じさせてもらった日々。

ありがとう。


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工房へ向かう車からみる琵琶湖の毎日違う光と、ある日は雪に隠れた比良の山並、
ちいさな鉄橋がとても好きで。
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by ai-pittura | 2010-01-31 00:35 | 版画 | Trackback | Comments(2)
2010年 01月 24日

海のような

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版画はひらたい彫刻だ。
立体をとじこめた平面だ。
わずか数ミリの銅版に深い深い海がかくれてる。


カプラムマニアでの滞在制作を終えてもう京都に帰っています。
前もそうだった。
心が思うよりもはやく、銅版を彫る感触を手が欲して、驚く瞬間がある。
言い得ないものを、まんなかにあるものを今からゆっくり考える。

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by ai-pittura | 2010-01-24 21:45 | 版画 | Trackback | Comments(3)
2010年 01月 13日

開始

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by ai-pittura | 2010-01-13 00:32 | 版画 | Trackback | Comments(2)
2009年 12月 16日

待つ

b0080173_0285868.jpgできるかぎり週に一度、版画工房へ行っている。
工房に置いているつくりかけの版画のことが気になって
よく思い出している。
続きがはやくしたい。
でも、今すぐできないのもいいかもしれない。
銅版画はほんとう、忍耐だ。
腐蝕の待ち時間もそう、
左右が逆転することもそう、
間接的だから
ひとつ前に戻ろうとした時
その何倍もの時間がかかるのもそう、
すぐに答えをくれない。
ただじっと待つ。
立ち止まって遠くをみる目で
そこにあるものを掘りおこしてゆけるように。
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by ai-pittura | 2009-12-16 00:40 | 版画 | Trackback | Comments(4)