カテゴリ:映画( 8 )


2011年 12月 28日

映画漬けの日々

b0080173_2256381.jpg"ヤコブからの手紙" クラウス・ハロ
映像の光と影がとにかくすばらしい。
私には内容そのものよりも
紅茶を飲む行為、バターを塗る手、手紙を読む手、何気ない行為や仕草、日々の道具のうつくしさを
掬いとる視線が心にふかく残った。


b0080173_2331551.jpg"シチリア シチリア" 原語タイトルはBAARIA ジュゼッペ・トルナトーレ
愛すべきイタリアの巨匠、トルナトーレの故郷バゲーリア(BAARIA)を舞台とした自伝的映画。
トルナトーレらしい切り口が随所に散りばめられる。
シチリアの小さな地方都市がきらめく宝石箱のように輝き、時間という軸をたどった時、
それは星空のように果てしないひろがりをもつ。
人間のもつすべてをひっくるめて愛しているトルナトーレの人間讃歌。


b0080173_23361053.jpg"ONCE UPON A TIME IN THE WEST" 通称"WESTERN" セルジオ・レオーネ
密かなマカロニウエスタンファンでありながら今までこの映画を見ていなかったとは!
カメラワーク、クレジットの入れ方、タイミング、どこをとっても絶妙。
エンニオ・モリコーネと言えば上記のトルナトーレとのコンビも素晴らしいが、
レオーネと組んだ時に映画は何層も厚くなるような気がする。
3時間という長編映画だが、二日続けて二度見て、さらにメイキングもたっぷり見た。
チャールズ・ブロンソンは文句なしで、シャイアン役のジェイソン・ロバーズがもう素晴らしい。
何年経っても色褪せることのない映画。


b0080173_2324489.jpg"ONCE UPON A TIME IN AMERICA" セルジオ・レオーネ
レオーネの遺作。
上記の"WESTERN""夕陽のギャングたち"とあわせてワンスアポンアタイム三部作と言われる作品。
1930年代の禁酒法の頃のアメリカを舞台としており、"アンタッチャブル"を彷彿とさせる。
デ・ニーロは名演だが、全体としてはまずまず。
"WESTERN"と続けてみると、大きく変わってゆく時代のなかで古き良き頃への郷愁や讃歌にも感じられるが、
"WESTERN"の鮮やかさは逆に時代が変わっても変わらぬものを教えてくれる。


b0080173_23373866.jpg"BABEL" アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
ずっと気になっていた、ようやく見た、バベル。
重い映画。
ひとつの出来事がすべてのこととつながっている、イニャリトゥがずっと主題としてきていることは
舞台が世界に広がってもぶれることない。
菊池凛子扮する聾唖の少女が大事な役割を果たしているが、彼女が特別なのではない。
わたしたちひとりひとりが、耳が聞こえず、話すことができないのだ。目があっても見えていない。
バベルを見終え、何日か重い気持ちで悶々と考えさせられた。
イニャリトゥは言葉をこえた人と人との関わりに救いを見出そうとしたのだろうか。
私は、人がそのどうしようもなさを突きつけられ、それを自覚せざるを得なくなったときの
その一筋の謙虚さが救いと思えてならない。


b0080173_2349288.jpg"卵""ミルク""蜂蜜"長編三部作 セミフ・カプランオール
一節一節を心こめて綴られた詩のような、非常に繊細な映画。いままで見た映画のなかでも秀逸の作。
ほんとうに大切なことは決してことばにすることなく、
その行間のみに託した類稀なる映画。
描かないことで描くということ、描くことによってできる余白のことを
何よりも考えてつくられた映画ではないだろうか。
心のまんなかで納得できる。
一見退屈に見えるシーンも、ひとつひとつが後で意味をもってくる。
"卵"から"ミルク"、そして"蜂蜜"へ。
ユスフという男性の今からスタートし、時間を追うごとに青年期、少年期へ移行する。
そして時と共に、点と点はすこしずつ線を結びはじめ、最後の"蜂蜜"で大きく速度を増す。
映画のなかで点は完全に線になりきってはいない。
曖昧に点のまま結ばれぬもの、まだ茫洋としているものを含め、決して明快にしなかったことが
この映画の嘘のなさだと思う。
映画になり得なかった部分を想像した。その部分を含めて存在するものを感じたいと思った。

セミフ・カプランオール、彼の映画をまた見たい。
叶うならば会ってみたいと思う人。

"蜂蜜"公式サイト




ちなみに今見たい映画はこれ。


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by ai-pittura | 2011-12-28 00:06 | 映画 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 13日

点の記

b0080173_11283630.jpg上映当初からずっと見たかった『劔岳 点の記』
ようやく見ることができた。
久々にずしりと奥に突き刺さる映画。
象徴的な作だと思う。
いつも真ん中に置いておきたいと思っていることが
多く描かれている作品だった。同時に今の自分の置かれている状況を
客観的に考えさせてくれる映画でもあった。
音楽は全てクラシックで、映画は終始、壮絶な静けさに覆われていた。

木村大作と言えば黒澤組の名撮影技師でこの映画は初の監督作品だが
今はなかなかいなくなった破天荒な人のようだ。
映画製作と重なってか、仲間というのもこの映画のキーワードになっていたが、
ひとりの孤独も大事にしている人なのかもしれない。

原作は、単独登攀で数々の山を登った加藤文太郎の生涯を題材とした
新田次郎の『孤高の人』。
現在、同題材で坂本眞一が『孤高の人』というマンガも連載している。
私は未読だが、共通しているのは、あくまで生粋の登山家ではなく、
日常という場に根を下ろしている人間が山に登るということ。
マンガは擬音や台詞を極力少なく描いているようだ。
原作もマンガもそのうち読んでみたい。
映画の製作過程にも非常に興味があるので、『劔岳 撮影の記』
見てみたいと思う。
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by ai-pittura | 2011-06-13 12:04 | 映画 | Trackback | Comments(2)
2008年 10月 07日

ミュンヘン

b0080173_0394462.jpgスピルバーグの『ミュンヘン』を観た。
しんどかった。しんどい映画だった。事実に基づくとは言え、異なる点も多いだろう。
パレスチナ側からの視点は少なく、問題点も多いだろうが、大事なことが描かれていた。
それは人間の中には絶対悪も絶対善もないということだ。
笑い憎み、夢を持ち、迷い信じ、愛し愛される、元は同じ人間だということだ。
人はそのどちらにもなり得る。それが事実だ。
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by ai-pittura | 2008-10-07 01:09 | 映画 | Trackback | Comments(4)
2008年 09月 15日

b0080173_0175367.jpgあまのじゃくな所があって、流行ものやみんながいいと言うものに一歩引いてしまう。
そんな理由で映画『21グラム』も見ていなかったことを反省している。
魂の重量だとかいかにもな感動モノかと思っていたが全然違った。
生きていく中で人が失うものや傷に正面からぶちあたって、
もがき苦しみ這い上がろうとする生の激しさが描かれていた。
自分の思いと重なるところも多くあった。
監督、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの映画をもっと見たいと思った。
彼がかつて幼い息子を亡くしていることも知った。
処女作の『アモーレス・ペロス』を見た。この映画はもっと激しい。
舞台はメキシコシティ、3つのストーリーで構成されている。
兄嫁に想いを寄せる青年、今をときめく女優と愛人、
いわくつきの過去を持つ流れ者、あるところで交差するそれぞれの人生。
それぞれが犬と生き、その犬はまた共に暮らす人間の生き方をあらわしている。
闘犬、飼いならされて生きる本能さえも失った犬、いろんな犬がでてくる。
そして共通していることは登場人物が皆、何らかの傷を持っていることだ。
父親の不在、捨てた家族、失った身体。
メイキングでイニャリトゥが言ってた。撮影中ずっと叫びっぱなしだったと。
そういう映画だった。血まみれで走りつづけるような、怒りのような、激しく強い叫びがあった。
暴力描写とか闘犬のシーンが残酷とかいう人もいるようだが
この映画は生きるということそのものだ。破壊と再生、生き抜くことをしっかり見据えている。
青年役ガエル・ガルシア・ベルナルはこの映画でもやっぱりよかったし、
流れ者エル・チーボ役エミリオ・エチェバリアが最高!!
『21グラム』のベニチオ・デル・トロもすごく気に入った。 いい役者、いいチームだ。
次は『バベル』はやく見たいな。

イニャリトゥはこう言っている。
人は失ったもので形成される。人生は失うことの連続だ。
失うことでなりたかった自分になるのではなく、本当の自分になれるのだ。
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by ai-pittura | 2008-09-15 01:21 | 映画 | Trackback | Comments(6)
2008年 09月 09日

高田渡

b0080173_23474988.jpgさっき、タカダワタル的を見た。
ずっと見たかった。やっと見た。
あぁー、泣いて、笑って、酔っぱらった。
渡さん、あなたは最高。
説明とか理由とかそんなもの何も無い。
余計なもん全部投げ捨てて自分のからだだけ。
この人もまたひとつのろくでなし。
酔っぱらって寝て歌って、今という一瞬に一心不乱の大いなるこども。




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by ai-pittura | 2008-09-09 23:54 | 映画 | Trackback | Comments(2)
2008年 01月 11日

善き人のためのソナタ

b0080173_043298.jpgb0080173_04477.jpg
過去に見た映画の中でも心にのこっている。
シュタージの監視下におかれていたベルリンの壁が崩壊する少し前の東ドイツ。
共産主義体制に従わない者は許されず、少しでも疑いのある者は昼夜盗聴されつづけた。
そんな状況下で、シュタージ、ヴィースラーはある芸術家とその恋人を監視することになる。

見終わった後の思いは山ほどあるが、内容に関する感想をここで書くことは控えたい。
そして、先入観なしに、まだ見ていない人には是非見てほしいと声を大にして言いたい。

「善き人のためのソナタ」はフロリアン・ヘンケルス・フォン・ドナースマルクの
ミュンヘン映像映画大学の卒業制作である。当時、33歳。
彼は西ドイツ出身だが、4年間に渡る準備、取材期間を経て作品に仕上げたという。
ちなみにヴィースラー演じるウルリッヒ・トゥクールは東ドイツ出身であり、
過去にシュタージに監視されたという経験をもつ。
この作品が卒業制作であるということ、
つまりほとんど資金がない状態でつくられたものであることには驚いた。
ウルリッヒをはじめとし、役者は実力のある有名俳優であるにも関わらず、
ドナースマルクの台本に感動、共感した彼らは、ほとんど報酬の無い状態でこの映画に参加したという。
映画をつくるというのは並大抵のことではない。
映画監督の苦境に比べれば、画家や彫刻家の貧困にはまだまだ救いがある。
個人が映画をつくるということには血のにじむような苦悩がある。
その中で、こんなにすばらしい作品をつくりあげることができたドナースマルク監督に
私は心から賞賛の拍手を贈り、感謝したい。
そして、昨年胃癌で若くしてこの世を去った名俳優ウルリッヒのご冥福をお祈りします。


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by ai-pittura | 2008-01-11 00:03 | 映画 | Trackback(1) | Comments(7)
2007年 10月 07日

ヴァイオリンの中の沈む黒

b0080173_21401060.jpgb0080173_214026100.jpgb0080173_21432285.jpg
この前、ジークフリートのサンサーラを見た。
雷にうたれたというより世界がガラガラ崩れていく音を聞いたというくらいショックを受けた。
映画の内容というよりイヴリー・ギトリスに。
彼の黒ダイヤのような深い瞳とイスラエル生まれの彼のヴァイオリンに。
最近聴いていたトラディショナルなジプシー・ヴァイオリンにも似た旋律と
でもそれを遥かにとびこえた黒ワインのようなヴァイオリン。
彼の音の中には痛みがあった。それは後で知った彼の生い立ちに関係しているのだろうか。
映画の中で聴いただけなのにその日何もできないほど打ちのめされた。
風景は全部イヴリーのヴァイオリンになって襲いかかってきた。
彼独自の譜面の大胆な解釈は音楽界では賛否両論らしい。そりゃそうだ。
イヴリーはきっとバッハもパガニーニもチャイコフスキーも丸呑みにするだろう。
名立たる作曲家たちをすべて巻きとってしまうほどの強さを彼は持っている。
現存のヴァイオリン奏者の中で最高齢、今85歳ぐらいだろうか。
すぐに日本でのリサイタルが無いか調べた。すると10月に2回、札幌と東京であるのだ。
でも1日は搬入の日、もう1日もどうしてもはずせない予定があり、無念にも行くことは叶わない。
b0080173_21404395.jpgどうしてもっと早く知らなかったのだろう。
来年、また日本に来てくれるだろうか。
無理なら海外に聴きにいくしかない。
それでもどうしても生で彼のヴァイオリンソロが聴きたい。
聴いたら死んでしまうほどかもしれないけど。
彼に会いたい。

YouTubeで彼のヴァイオリンが聴けます→***彼がもう少し若かった時のサンサーンス。


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by ai-pittura | 2007-10-07 21:39 | 映画 | Trackback | Comments(4)
2007年 08月 11日

次はどこを旅するだろう

b0080173_21322755.jpg先日モーターサイクル・ダイアリーズを見た。
ビデオ屋で前を通る度に気になっていた映画で、
エルネスト・ゲバラ(後の革命家チェ・ゲバラ)と親友アルベルト・グラナードの
南米大陸10000キロ縦断の旅がモチーフとなっている。
これは実際のゲバラの旅行回想記「モーターサイクル・ダイアリーズ」と
グラナードの旅行記を下敷きにつくられたものだ。
見た直後もいいと思ったが、それ以上に数日経った今になって
胸がつまり、思い出し泣きしそうになる。

生きていく中にはきっとその時にしか受けとることのできないものや
ひとりでしかできないこと、そして仲間とだからできることが絶対あって、
その先に旅がある、その感覚を私も持っている。
18、19の時、青春18切符をにぎりしめて一人旅をくり返した時期があった。
当時、私は感情の起伏と好き嫌いが強烈に激しく、
絶対に許せないことがとても多くあり、
なんでも白黒ハッキリさせなければ気が済まなかった。
しかし、人の言うことには耳をかせなかったのに、風景はいつも自分を変えた。
少し前の日記にも書いたけど最近、私は特に変わってきた。
白から黒に、黒から白に向かうイメージの中に紡ぎだされる色がとても好きだけど、
鮮やかな花の色の中にも色が見えはじめた。
今まで何も感じなかったものが突然心にふれてきたり、
世界がざわめきはじめた、そんなかんじだ。
でも変わったのは世界じゃなく自分で、
それはきっと今までよりもっと細かいところに疑問符をもちはじめたからだと思う。
疑いをもつことは信用しないこととは違い、信じられるようになるためにする行為だ。
旅が人を変えるのは、そういうところだと思うし、
ゲバラをゲバラたらしめたのが無鉄砲で美しいあの旅だったのだろう。
主演のガエル・ガルシア・ベルナルがひときわ光っていた。
彼はすごくいい役者だと思った。


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by ai-pittura | 2007-08-11 22:23 | 映画 | Trackback | Comments(0)